それを見上げた瞬間。
驚いたけれど、すぐに眉根を寄せた。

不吉だと。
誰かが言った、そんな言葉を、思い出したから。



RED MOON




仕事が終わって。
彼は小さく、息を吐く。
お疲れさま、と声をかけられたのに、同じ言葉を返して。
彼は、スタジオのある、そのビルを抜け出した。
外に、彼女の姿がないことを見て。
確認して。
いつものように、隣りの喫茶店へと、足を向ける。
その時。
ついでのように上げた視界に見えたそれに。
彼は一瞬、驚いたように、目を見開いて。
けれどすぐに、眉根を寄せた。
歩みが止まってしまったのは、彼にしてみれば、無意識で。
それから、視線が逸らせなくなっているのも、無意識で。
「…珪くん?」
下から届けられた声に、彼はようやく、視線を外す。
声の主へと、目を向ければ。
彼女はわずかに、首を傾げていた。
「終わった…のか?」
「うん。今日は珪くんの方が、ちょっとだけ早かったね?」
「…ああ」
「それで…何見てたの?」
言って、彼女は彼が見上げていた位置の空に、瞳を向けて。
「あ、月、赤いね?」
そう、言葉を落とす。
それにまた、彼は眉根を寄せて。
ちらりと、月を見た。
……はず、だったのに。
月はしっかり、視界の中央にあって。
「何で、赤くなるんだろうね?」
「…科学的なことは、知らない」
「うん。わたしも、知らないし、わからないけど」
「?」
「不吉だっていう話は、よく聞くよね?」
笑顔で問われて、彼は瞳を、彼女へと向ける。
彼女が踵を返したのに。
彼も倣うようにして、足を進めて。
「月が赤い日は、死人が多く出るとか」
「似合わないな」
「?
何が?」
「おまえの口から、そういう話が出ると」
「……お母さんがね?
昔、怖がらせようと思ったらしくて、そういう話をいっぱいしてた時があったんだよね」
「おばさんが?」
「そうだよ?
尽と二人で、引っ付いて。びくびくしてたの。夜はお父さんに一緒に寝てもらって。三人で」
「…おばさんは?」
「尽と二人で追い出して。怖い話するから嫌だーって」
くすくす笑いながら、彼女は綴って。
後ろから付いてくる月を、振り返った。
「でも、本当に、どうして赤く見えるんだろうね?」
「…知らない」
「目が疲れてると、赤く見えるっていう話、聞いたことある?」
「?
そうなのか?」
「わたしはあるんだけど。でも、本当にそうなんだとしたら。わたしも珪くんも、今、目が疲れてるっていうことにならない?」
「…なるな」
「それって、おかしくない?」
「………」
黙って、眉根を寄せれば。
彼女はなおも、笑みを浮かべて。
彼の顔を、その蒼い瞳に映す。
それを見て取って。
彼もまた、微笑を浮かべた。
「だからきっと、空気の屈折とか…そういうのだと思うんだけど」
「だな」
「氷室先生に聞いてみようかな?」
「その前に、自分で調べてみたらいいだろ?」
手伝うから。
小さくて、大きな独占欲からそう言えば。
彼女は少しだけ、理解できていないような顔をして。
それでもすぐに、にっこりと笑ってくれる。
「月も、痛みを感じてるのかな?」
「何が?」
「痛くて、血を流して。それで、赤くなるのかな…って」
「怒ってるのかもしれないけどな」
「あ…そうかも」
二人で顔を見合わせて。
くすくすと笑みを零しながら、歩いて。
「明日、図書室に行ってみようかな?」
「付き合う」
「うん。お願いします」
頭を下げられて。
彼は笑みを濃くする。
赤かった月は、少しずつ、その赤を薄くして。
「あ!
お月様、もう怒ってないみたい」
彼女が発した言葉に。
彼は思わず、吹き出していた。

END

 

何気なく見上げた月が赤かったので。
何か書けないかなーと、短時間で考えて、書き上げました。

主人公ちゃんの言葉に、思わず笑みが零れちゃったり。
ええ、わたしは細かいところは決めないやつですから。
ラストも全然、ですから。
流れで何を書くか、決めちゃうので。
だから、その考えはわたしの中にはなかったなぁ、と思ってしまったのでした。

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