| その言葉には、力があるんだって。 知ってた?
POWER
「はい、これ」
「ありがとう」
参考書を受け取って、彼女はにっこりと笑う。
それから、中を確認するように、ぺらぺらと捲った。
それに降ったのは、小さな笑みで。
「なぁに? 有沢さん」
顔を、問いと共に上げる。
「べつに。ただ、あなたはいつも、嬉しそうよね?」
「? そう…かなぁ?」
「ええ。ちょっと、うらやましいわ」
「………」
言葉に、首を傾げて。
彼女は友達の姿を見るけれど。
その友達は、ただただ、微笑を浮かべているだけ。
「きっと、悩みもないんでしょうね?」
「…ある…けど……」
そう答えても、くすくすと笑われるだけで。
彼女は小さく、頬を膨らませた。
それから、思いついたことに、ぱっと表情を変える。
「有沢さんはあるんだ? 悩み」
「ええ。でも…結構くだらないものよ?」
「?」
「これ、読んだことある?」
持っていた鞄の中から差し出されたのは一冊の本で。
題名に、彼女は小さく、首を振る。
見たことのない、本で。
題名で。
「読んでみる?」
「え? あの…いいの?」
「ええ。私はもう、読み終えたから。だから…悩んでいるのだけど」
「………」
受け取って。
少し、躊躇っていれば。
「物語としては、おもしろいわよ?
あなたにも読めるわ。恋愛小説だから」
そう、届けられて。
少し驚きながらも、彼女は借りるということを、友達に届けた。
物語の主人公は、彼女よりも年上の女性だったけれど。
恋に悩むのは、同じ痛みだと思いながら、彼女は読み続けていった。
相手も、自分と同じ気持ちなのだと、届けられて。
二人は付き合いはじめるのに。
はじめたのに。
主人公は、その言葉を口にすることは、できなくなって。
その理由も、主人公の口からは語られていて。
彼女はそれを。
その通りだと思ってしまったから。
「…どうした?」
「あ、珪くん」
友達が悩んでいるのも、このことなのかもしれないと、彼女は沈んでしまっていて。
「ちょっと…考えごと」
気づかれたくない相手に、気づかれてしまったから。
彼女は微苦笑を浮かべた。
「考えごと?」
「うん…」
「どんな?」
「………」
もし、口にして。
彼はきっと、そんなこと、なんて。
笑い飛ばすような存在ではないと思う。
思う…けれど。
「優菜?」
「珪くんは…好きな人に、自分のこと、好きって言ってもらいたい?」
「あたりまえだろ?」
「…だよね?」
「?」
「わたしも…そうなんだけど……」
きっと、知らなければ。
何気なく、口にしていたことは――事実で。
「でも……口にしちゃうのは、躊躇っちゃうかもしれない…」
「…どうして?」
「……あのね? 有沢さんから借りた本に…書いてあったの」
「何が?」
「『好き』って言葉は、言っただけ、相手を束縛しちゃうことになるって」
「………」
「好きな人のこと、束縛しちゃうのは、嫌だなぁ…」
考えていたのはそのことで。
もし彼が、自分のことを好きでいてくれても。
自分が言ったその言葉で。
彼が身動き取れなくなってしまうのは、嫌だから。
「べつに…いいんじゃないか?」
落とされた言葉に、顔を上げれば。
彼は小さく、苦笑を零していて。
「何が?」
「好きな相手になら、束縛されてもいいと思う。俺」
「でも……」
「でも?」
「もし、好きじゃなくなったら?」
「………」
「ほかに好きな人ができて。だけど、裏切ってしまうっていう罪悪感が、生まれるでしょう?」
「それは…言われてなくても、あるだろ?」
「けど、言わなかったら。もう、向こうは好きじゃないのかもしれないっていう思いも生まれるから。少しは楽じゃない?」
「………」
届ければ、彼は考えてくれて。
彼女はその横顔を見たあと、自分の膝の上で、寝息を立てている子猫へと、目を向けた。
人間だけが、こんなにも悩むのかもしれない。
見つめ合えただけで、嬉しいから。
触れられたら、もっと嬉しいから。
だから……相手のことを考えて、悩んでしまうのかもしれない。
「難しい…な」
「うん……」
「けど…やっぱり、届けてほしいけどな。俺は」
「………」
「本気で好きなら…、言わずにはいられないし」
「うん…」
「考えなくてもいいと思う。相手のこと、束縛するとか、そういうこと。だから俺、届け続けると思う」
「……でも」
「べつに、言わないなら、それでもいい。気づいてやればいいだけのことだから。そいつの気持ち」
「……うん」
「俺は…気づいてやれるから」
「え?」
振り向けば、何でもないと、すぐに届けられたけれど。
それでも彼女は、顔を赤くして、視線を逸らす。
自分がそうしても、という意味だけれど。
誰がそうしても、という意味にもなるから。
考えて、行き着いて。
「わたしも…気づけるかな?」
零せば。
「必要ない」
なんて、彼は言ってくれて。
彼女はただ、首を傾げているだけだった。
END
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