認めたくない

そう 強く望む
自分がいる



想いの先




「それじゃ、そろそろ休憩にしようかー」
カメラマンの声が響き渡り、周りのスタッフの雑談が、少しずつ広がっていった。
その中をセットから離れて、歩いていく。
用意された椅子に腰かけると、スタッフの一人が彼に近づいてきた。
「葉月くん」
「……ども」
誰だったか…と顔を見て思い出す。
けれど、名前が思い出せないところからすると、直接は関わりがないのかもしれない。
そう結論づけて、彼は背もたれに身体を預けた。
「何か悩みでもあるの?」
年は少し上か…とか考えて。
彼は「べつに」と短く応えた。
「そうかなぁ?
何か…何となくだけど、いつもと違う気がしたんだよね」
「…そうですか?」
「うん。ま、何もないなら、それに越したことはないと思うけど」
「………」
「でも…小さくても大きくても、何かしらの変化は必要だけどね」
言って、離れていくその背中を見て、彼は眉根を寄せた。
と、その時、タイミングを計ったように、扉が開く。
「お待たせしました!
喫茶ALUCARDです!」
聞き慣れた声に、彼もそちらへと顔を向けた。
扉を開けてくれた警備員の男性に軽く頭を下げて、彼女は中へと入ってくる。
手に持っているものを手伝おうと動いたのは、さっきまで彼のそばで話していた人物だった。
「いつも大変だね?」
「いえ、仕事ですもん。大丈夫ですよ」
そんな会話が聞こえてきて。
それに彼は視線を外した。
彼女はそんな彼に気づいて、すぐに……そばまでやってくる。
「はい、葉月くん。モカ、ここに置くね?」
「…ああ」
「今日も遅くまでかかりそうなんだって?
さっき、スタッフさんがぼやいてたけど」
「そうなのか?」
「うん。そうだって言ってたよ?
がんばってね。無理しない程度に」
笑顔を零して、彼女もまた、離れていく。
それにわずかに考えたことに、彼は軽く、頭を振った。
――気づきたくないと思っている自分がいる。
その理由でさえ、知りたくない自分がいる。
知っているはずなのに、それを認めることをよしとしない――自分が、ここにはいて。
彼は小さく、息を吐いた。
無責任な言葉を使いたくはないから、とか。
自分が変わってしまうのが嫌だから…とか。
いろいろ、考えるけれど。
そのどれもが、本当の理由ではなくて。
「………」
悩みは抱えているのかもしれないけれど。
それに気づきたくない。
ただ、それだけで。
悩みの種が何であるとか。
あいつがいけないんだ、とか。
最終的には、責任転嫁までし出すのに。
わかっているのに。
知っているのに。
そのすべてに蓋をしようとしてしまう自分がいる。
なかったことにしよう、なんて……できるわけがないのに。
動き出した気持ちが、どこに向いているかなんて、わかり切っているのに。
もっと言えば、ここに配達を頼む時に、彼女を指名しているのは、ほかでもない――自分なのに。
それでも、意地を張り続ける理由――。
彼女がそばのテーブルに置いていったモカに手を伸ばす。
一口含んで、ほっと息を吐き出して。
「優菜ちゃん!
今日バイト、何時まで?」
聞こえた言葉に、視線を移動させた。
コーヒーの入ったポットを持ったままで、彼女は何人かの輪の中にいて。
瞳を瞬いて……えーと、なんて考えていた。
「最後まで…ですね。閉店時間までいますよ?」
「そっか」
「じゃさ、八時くらいにまた休憩取って、みんなでそっちに行くから、
マスターに覚悟しておいてくれって言っておいて」
「覚悟って…」
「覚悟だよ。これだけの人数が店に行くんだから」
「皆さんの夕食は、きちんと用意しておきますけど」
「頼むよ?
長く取ってられないからさ、休憩」
「されど休憩なのになー」
「なぁ?」
笑いが起こって。
彼女も笑う。
その姿を見ていられなくて…やはり彼は、視線を逸らした。
自分のものではないのだと、何度も思う。
そう思ってしまう理由でさえ、気づきたくないと願っているのに。
そう願うことのわけさえも、知りたくないのに、自分は知っていて。
でもそれは、まだ――認めたくはないと思っていて。
その思いの理由さえ――と、思考はぐるぐる回る。
認めてしまえば、すぐにでも。
その思考は、止まるのに。
大丈夫、とか。
守ってやる、とか。
そんな無責任な言葉を放って、結局、彼女が傷つくのを見たくはないから――と。
それだけを認めてしまっても。
まだ、思考はぐるぐると回る。
心に生まれた思いを否定することで、彼女を守れるのなら、と。
そう思う理由でさえ、やっぱりまだ、認めたくはないから。
結局は――すべてを否定し続けなければ、ならなくて。
「葉月くん?」
呼ばれて、彼は現実を見る。
目の前には彼女がいて。
心配そうに、顔を覗き込んでいた。
「…どうした?」
「返事がなかったから…」
「悪い。考え事……してた」
「ならいいんだけど。無理してるなら、言った方がいいよ?
葉月くん、学校行って、モデルのお仕事して…って、大変なんだし」
「ああ」
返事があったことに、彼女は満面の笑みを見せて。
そして、身体を起こして、よかった、と呟いた。
「そろそろはじめようかー」
声がかけられて、手が二度ほど、叩かれる。
それに、周りが持ち場へと戻っていくのに、彼は手の中のカップを口元で傾けた。
飲み干して、彼女へと手渡す。
「ごちそうさま」
「うん。がんばってね」
言葉と表情と。
二つに、認めてしまった方が……と、何度も思うけれど。
それでも、何もなかったように、彼はカメラマンが出す指示の通りに、光の中に立った。
もう少し…もう少し。
何の根拠もなく、先延ばしにすることを決めて。
視界の端で、スタッフと何かを話して、ぺこりと頭を下げて、スタジオを出ていく彼女の姿に。
彼は小さく、安堵していた。

END

 

ほんのちょっとだけ、毛色の違う話を書いてみたり。
でもこれ、多分きっと、本の方でリベンジしたいものです…。
普通に書いたら長くなる。
それを無理矢理短くした感が、どうしても否めないので……。

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