何をお願いしよう?
考えれば考えるほど、わからなくなって。
最後には……あなたのこと。
ねがいごと
「今日は七夕ねー」
庭で、洗濯物を干し出した母親の一言に、彼女は顔を上げる。
それから、カレンダーを瞳に映して。
小さく、息を吐き出した。
プラネタリウムに行こうと、彼女が彼を誘ったのは、先週。
けれど、断られてしまったのも、先週。
思い出して、視線を下げたまま、彼女はまた、息を吐き出した。
空は、今日という日のために、青い色を広げていて。
夜にも、天気は崩れないだろうと、テレビは言っていたから。
もしかしたら、天の川を見ることは、できるかもしれない。
――そう、考えたとしても。
彼女の気持ちは、浮上しないのだけれど。
「お昼、そうめんにしようか? 暑いし」
「………」
「…優菜?」
「……何でもいい」
「………」
ふぅ、と。
母親は短く息を吐いたらしいけれど。
だからと言って、彼女がそれ以上のことを口にできるわけもなくて。
開いたままの雑誌に、視線を落とし続けているだけ。
「何かあったの?」
「……べつに?」
「………」
「何でもないもん」
小さく言って、彼女はページを捲る。
読んでいるわけではなくて。
本当にただ、眺めているだけの、雑誌のページを。
彼とは、仲がいいというわけではなくて。
ただの、クラスメイトという、位置でしかなくて。
時々、バイトで顔を合わせるという、程度でしかなくて。
だから、断られてしまうのも、仕方がないのかもしれないけれど。
「………」
考えて、彼女はもう一度、ため息を吐き出した。
彼は気になる人で。
だからこそ、行きたい場所があると、彼と、と考えてしまうのかもしれなくて。
押し付けるのは、やめた方がいいのかもしれない。
弟の言う通りに、電話をかけるのは、やめた方がいいのかもしれない。
どこかに、一緒に行こうなんて。
そこまで考えて、大きく頭を振れば。
「はいはい、何考えてるのか知らないけど、お買い物、頼まれてちょうだい」
そんな言葉と共に、頭を何かで叩かれて。
それが何かを見れば。
上から千円札が落ちてきて。
「そうめん、買ってきて。四人分」
「………」
「あとみょうが」
「…はーい」
大きく息を吐き出しながら、答えて。
彼女はソファから、腰を上げた。
買い物を終えて。
ゆっくりと、彼女は歩いていたのだけれど。
そこで、足を止めた。
左に行けば、まっすぐに、家への帰路だけれど。
右に行けば、彼と行きたいと思った、プラネタリウムの前を通って、家へと帰ることになる。
どうしようか、少しだけ考えて。
彼女は右に、歩き出す。
プログラムの話を出せば、少しは行こうと思ってくれるかもしれない。
考えて。
それからすぐに、歩を止める。
あれだけ…やめようとか、思っていたのに。
そう、思い出してしまったから。
「……」
断られてから。
今日まで。
学校で話したことと言えば。
必要に迫られてのものばかり。
思い出して、息を吐く。
彼から話しかけられることなんて、なくて。
思い出して、踵を返せば。
「東雲?」
かけられた声に、顔を上げれば。
今、会いたくて、会いたくはない姿が、そこにはあって。
「は、葉月くん?」
「ああ…、買い物か?」
「う、うん…」
近づいてきた彼に、少しだけ、ビニール袋を持っていた手を後ろへと引いて。
それから。
「葉月くんは?」
どこかぎこちない笑顔を浮かべて、彼女は問いを口にした。
それに、彼は、ああ…と、少し、考えるようにして。
「休憩中……」
短く、そう綴った。
「休憩?」
「ああ」
「今日……」
「撮影」
「そうなんだ……」
だから?
そんな、期待にも似た思いが、湧きあがってきて。
けれど、急なものかもしれないとも、思えて。
彼女の視線は、また、下へと下がってしまって。
「……今日…」
「え? なぁに?」
けれど、彼が呟いた一言に、彼女はまた、視線を上へと戻す。
彼の瞳は、彼女ではなくて。
そばの店へと、注がれていて。
「今日…七夕……なんだな」
「…うん」
店のそばにあったのは、笹の、七夕飾りで。
「葉月くんは、願いごと、あるの?」
「………」
「?」
「考えて…ない」
「そっか」
眉根を寄せて、考えているらしい彼に、彼女はくすくすと笑みを零して。
「それじゃ、休憩のじゃま、しちゃいけないから…」
「…ああ……」
話せただけでも。
会えないと思っていた今日、会えただけでも。
考えて、彼女は小さく手を振って、左の道へと、歩を進めた。
成績が上がりますように、とか。
彼と、仲良くなれますように、とか。
願いごとはいろいろあるけれど。
やっぱり、願うなら。
彼が、あまり無理をしないように。
そんなことばかりで。
「優菜、短冊、書けたのー?」
母の声に、彼女は、今思ったその願いを、短冊に書いて。
笹を川に流す時に、そっと付ければいいかな。
そんなことを考えて、小さく笑ってから、立ち上がった。
END
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