「ねぇ、知ってる…?」
そんな言葉ではじまった会話は
かなりおもしろくないものだった
何度目の恋?
朝、SHRが終わって直後の教室に、あいつ…紺野? だったと思う――がやってきた。
俺の斜め前の席、つまり、彼女の前の席に横向きで座って。
戸惑いがちに口を開いた。
それが――はじまりで。
「知ってるって、何を?」
寝たフリを決め込みながら、会話を聞く。
というより、できればこのまま、寝かせてほしいのだけれど。
「あのね、昨日……奈津実ちゃんと電話してて。でね、奈津実ちゃんが言ってたんだけど」
ナツミ…? 藤井……だったか? 彼女の友達の。
思い出しながら、耳に入ってくる会話をとりあえず聞く。
彼女の言葉は、少しでも聞きたい。
そう思うから。
「初恋は実らないって…」
………。
そう…なのか?
よくわからないけれど、もしそうなら、かなり困る。
考えながら、会話に集中し出していることに気づいた。
けれど、身体を起こすことも、戸惑うような状況で。
俺はどうすることもできずに、窓へと視線を変えた。
少し曇っているようなこういう日には。
窓は鏡のような役割を果たしてくれて。
間接的ではあるけれど…ぼんやりと、隣りの姿を映し出してくれる。
「あ、それ、わたしも聞いたことあるよ」
あっさりと答えた彼女に、わずかに眉根を寄せる。
にっこりと笑っているようなその表情。
本当のことなのか――と、問いただしたくなる。
「じゃあ、本当なの?」
「そうとも言い切れないと思うよ?」
どうして?
「どうして?」
俺が思った疑問を、そのまま紺野が語ってくれる。
どうして、そう言い切れるんだ?
「初恋ってさ、かなりの確率で子供の頃じゃない?
まだ周りのこともよくわかってないうちに、経験しちゃうでしょ?」
「うん…」
「だから、だと思う。
実ったとしても、そのままずっと一緒にいられるかどうかって、難しいよね?
子供は親には逆らえないし、大人の都合で、振り回されるしさ」
その言葉に、俺は肩の力を抜いた。
確かにその通りだと思う。
子供は環境を選べない。
ただ、親に従うことしか、生きていく術がない。
「でもさ、社会に出てから、初めて恋をする人もいると思うんだ。
そういう場合は、恋愛慣れしてないから…実らない確率が高いんだと思う」
「うん……」
「どっちにしたって、結局は本人のがんばり次第じゃないかな?
初恋が実らないって言うんなら、何度もその人に恋をすればいいんだよ。
何も、初恋の相手とは決して結ばれないって言うんじゃないんだし」
…………。
確かにな。
薄く笑みを浮かべる。
上手いことを言うな、と思った。
そう、言葉にして伝えたいほどに。
暗い表情をしていた紺野を励まそうとして、今思い浮かんだことかもしれないけれど。
それでも、俺の心は救われたから。
たぶん、紺野も救われただろうとは思う。
窓に映っている紺野の姿は背中だけで。
俺から表情を見ることはできない。
けれど。
それでも。
顔を俯かせてはいないから。
俺と同じ気持ちでいるのだろうと、予測は付いた。
「何度も恋をする…」
小さく呟いて。
「それって何か、反則行為みたいだね」
くすくす笑いながら、彼女へと顔を向けて。
「反則でも何でも、していいんだと思うけどな。だって、好きならどうしようもないし」
「そうだね」
額を寄せ合って、二人で笑う。
それに、俺は安心して、瞼を閉じた。
予鈴が鳴ったのは、それからすぐだった。
初恋の相手。
その彼女は、俺の二度目の恋の相手でもあって。
今日、その彼女自身の言葉に、結構考えさせられた。
結果、この恋が実る確率は高いことと。
きっと、彼女には何度も恋をしていくんだろう、ということがわかった。
第一、彼女に再会してからというもの。
俺は、彼女には驚かされることばかりで。
そんな毎日の――連続で。
それでも、悪くないって思ってる、俺がいて。
逆に、彼女がいないとどうにもならない。
目の前が真っ暗になるんじゃないか、なんて思ってしまうほどで。
だから俺は、彼女の姿を確認するたびにほっとして。
笑顔を向けられるたびに、胸を熱くする。
それはきっと、『恋』そのもので。
そう考えると、何度彼女に恋をしているのかわからないから。
この恋が実る確率は。
きっと。
とてもとても――高いんだ。
と、彼女自身に言っても、自分のことだとは決して思わないんだろうけどな。
そこまで考え、俺は小さく笑った。
それに、彼女が不審げに眉根を寄せる。
俺の顔を覗き込んで、「どうしたの?」と口を開いた。
「べつに」
「うそ。絶対何か隠してる!」
いつもの短い返答に臆することなく、彼女はそう、問いただす構えを見せた。
押し切ってしまうことも可能だろう…とは思う。
けれど。
「ただ、俺は何回、同じやつに恋をすれば気がすむんだろう、とか思ってた」
昼休みの体育館裏は、人は少ない。
その代わり、中学からの付き合いの猫の一家が、俺たちの周りで寝そべっている。
俺の膝の上で丸くなっている子猫も、かすかに寝息を立てていて。
隣りに座っている優菜の膝の上にも、子猫がいるのだけれど。
その頭を撫でていた手が、ピタッと止まった。
目を丸くして、驚いていて。
「え、えーと……?」
意味がわからないのか何なのか。
彼女はようやく、それだけを口にした。
「珪くん…好きな人いるの?」
「いる」
「…そう、なんだ……」
歯切れが悪い。
絶対、自分だとは思ってないな。
俺は小さくため息を吐いた。
「じゃ、じゃあ、応援するね!」
拳を握って、俺にそれを見せるようにしながら、そう言って。
それに俺は、小さく笑んだ。
本当に鈍いな。
思ったことは、口には出せないけれど。
「それじゃ、今度の日曜、暇か?」
問いに、彼女はきょとんとして。
「暇…だけど?」
「じゃ、付き合ってくれ。水族館」
「べつにいいけど…普通、好きな人とか誘うでしょう?」
「だから」
「?」
「応援、してくれるんだろ?」
「それは…そう、なんだけど」
「あと、休みの日は全部空けといて」
「珪くん?」
「俺と…一緒にいてほしい」
「………」
ここまで言えば、さすがにわかるか?
それでも、この想いを口にすることは、どうしてもできなくて。
もう少し…もう少ししたら。
そればかりが、頭の中を駆け巡っていく。
と、彼女は顔を赤くしてから、こくりと頷いた。
俺が何度も恋をしている相手は、かなりの鈍感だと思う。
けれど、俺のその時その時の気持ちには、きちんと答えてくれるから。
そんなに、悪くはないんじゃないかと思い直す。
あと何回おまえに恋をすれば、おまえは俺のものになってくれる?
END
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あ、甘い?
てか、王子、クサいセリフ言わないでください。
樹が困る…。
久々に王子視点の一人称。
さくさく進んだんですけどね、途中で止まったところが一個所ありました。
あー、焦った。でも書けたからヨシ。
初恋は実らない、っていう話は、いろんなところで聞きましたけども。
主人公ちゃんが言ってる通りだと思うんです。
本当のところ、そうなんじゃないかな、と。
いや、よくは知らないですがね(苦笑)。