それは突然。
はっきり言って、もう。
何で?
の、嵐だった。



ここからはじまる エピローグ




名前を呼ばれて、彼女は振り返る。
彼女にしては、珍しく一人だったからか、いつも通りの表情を向けることはできなくて。
「なにー?」
なんて。
普通に、友達に接するような態度を取ってしまった。
声で誰かはわかっていたのに。
わかっていながらも。
「…何だ、姫条か」
そう、言葉を綴るしか、なくなって。
表情も、いつも通りのものへと変える。
とりあえず――嫌そうな顔。
「何だはないやろ、何だは」
「だって、何だじゃん」
「………」
笑みが苦笑へと崩れて。
それを見たとしても、彼女の態度は変わらない。
眉根を寄せて、ただただ、高い位置にあるその顔を見続ける。
「で?
何か用?」
「……英語の辞書持ってたら、貸したって?」
「またぁ?」
「しゃーないやん。オレ、持ってきてへんし?」
「…いつも?」
「そうや」
「……持ってはいるんだ?」
「とりあえず、持ってはいるなぁ。持ってきてはないけど」
「…ダメじゃん」
ため息を吐いて、自分のクラスへと歩きはじめる。
隣りには彼がいて。
目立つこと、この上なくて。
その証拠に…彼へと投げられる声。
言葉。
「っていうかさ。何で毎回、アタシ?」
返されていく、彼からの言葉を遮りたくて、彼女は問いを口にした。
名字で呼ばれる自分。
名前で呼ばれる、友達。
まぁ、今になって…名前で呼ばれても、気持ち悪いだけなんだけれど。
「うーん…何でやろなぁ?」
「あのネェ…、それをアタシに聞かれても困るって言うの。第一、ユナだったら。書き込みとかしてあって、見やすいんじゃない?
守村くんとか…」
「あー、アカンアカン。ただでさえ、勉強は嫌やっちゅうに、そんなん見たら、ますますやる気なくすわ」
「ありがたくないわけ?
珍しいヤツ…」
「とにかく、嫌なんや」
「はいはい。んじゃ、鈴鹿くんは?」
「藤井以上に、何か言われそうやな」
「…かもね」
「それに、藤井からは借りやすいっちゅうのもあるんやろなぁ」
言われて、眉根を寄せて。
表に出しているのは、そんな表情でも。
実は嬉しくて、仕方がなくて。
「いつもある、とか…思われるとイヤなんだけど?」
「そんな殺生なこと、言わんといてや。頼りにしとるんやし」
両手を擦って、綴る彼に、苦笑を零す。
けれどそれは、同じように、苦笑を落とした彼に。
笑みへと変わっていった。



悪かったなぁ。
という言葉と。
助かったわ。
なんていう、言葉。
それらと共に、休み時間が終わるギリギリに返ってきた辞書を机の中に仕舞おうとして。
彼女はそれに気づいた。
「?」
首を傾げて、間に挟まっていたそれを引き抜いて。
ルーズリーフを三つ折りにした、その紙を見る。
そこには、『お礼も兼ねて、一緒に行かへん?』と、走り書きしてあって。
「………」
ドキドキとうるさい鼓動を、半ば無視して、それを開いた。
一枚、上へと上げれば、それは、半分だけ、顔を出す。
たったそれだけで、それがもう、何かわかってしまって。
ヘンなとこで気を聞かせるんだから…。バカなヤツ。
考えながらも、口元を綻ばせて。
彼女はそれを。
とりあえず…大事に鞄へと押し込んだ。


指定席のそれは、もちろん、日にちも指定されていて。
初めてじゃない?
こういうの。
とか。
どうしよう。メチャクチャ嬉しいんだけど。
とか。
どうにかこうにか、赤くなりそうになる頬を、理性で押え込みながら、彼女はそこにいた。
たくさんの、校門を出ていく生徒達の群れに目を向けながら。
もちろん、彼にどういうことなのかを聞くためで。
半ばムリヤリのように、スケジュールを決められたことぐらいに対しては、文句を言ってもバチはあたらないだろうというのも…もちろん、あって。
本当は、それよりも何よりも。
彼と話したかったから、というのは、内緒の方向で。
そんなことを考えていると、待っていた姿が見えてきた。
ただ……彼は一人ではなくて。
彼女も知っている、友達と一緒で。
なぁーんだ。
思って、小さくため息を吐いて、彼女は踵を返す。
そういう場面は、できれば見たくはなくて。
もう一度、息を吐く。
と、肩をぽんぽんっと叩かれた。
振り返れば、頬に刺さる、人差し指。
「ありゃ。引っかかってくれたわ」
「アンタねぇ!」
手を振り払って、それから息を吐き出す。
「ええやんか。昔あったやろ?
こういう遊びっちゅうか、何ちゅうか……」
「はいはい。で?
何でアンタはここにいるのよ?」
「いちゃ、悪いん?」
「だってさっき…」
ユナと一緒だったじゃない。
その言葉を急いで飲み込んで。
彼女は視線を逸らした。
それに気づいたのか、彼が歩き出して。
彼女もそれに付いて、歩きはじめる。
「藤井の姿を見つけた途端、歩き出すんやもん。嫌われたか思うたわ」
「べつに、そんなんじゃないし…」
「なら、いいんやけど。それより…見てくれたか?」
顔を覗き込まれて、驚いて。
心を落ち着かせてから、「見たわよ」と、小さく返事。
「何よ、アレ」
「せやから、お礼」
「お礼してもらうほどのこと、してない」
「いいから、もらっとけや」
「………」
「日曜、用事あるんなら、捨てるしかないねんけど」
「?
代わりに誰か誘う、とか…しないわけ?」
「実はなぁ、優菜ちゃんにフラレてしもてん。葉月と一緒に行けばぁ、言うたんやけど。その日は葉月の方が仕事やって」
「……友達のためにチケット用意する?
普通」
「もらいもんやねん。オレが買うわけないやろ」
「やっぱりね」
一瞬。
これがいいわけだったら……なんて、考えてしまったりもして。
自分のために、用意してくれていたら…なんて。
面と向かっては恥ずかしいから、そんな理由を、いいわけとして考えてくれていたら。
そんなことも考えていたのだけれど。
「で?」
「?」
「日曜」
「アタシにまでフラレたら、悲しい?」
「そりゃあもう!」
声を上げた彼に、くすくすと笑って。
「いいよ、用事ないし。行ってあげる」
そうしながら、返事をした。
嬉しくて、仕方がなくて。
どうしようも、なくて。
「それじゃ、時間とか決めるために、どっか寄る?」
「めっずらしいなぁ。藤井から下校デートのお誘い」
「…断られたいなら、そう言って」
「……スイマセン、寄らせてもらいます」
話をしながら、喫茶店へと道を選んでいく。
これがあたりまえになったらいいのに…と、隣りを歩いていた彼の顔を見上げて、思っていた。





座席に座って、話し込んで。
暗くなって、はじまって。
それから、いくらもしないうちに、肩に重みがかかった。
それにちょっとだけ、驚いてから、横を向いて。
彼女は小さく、吐息を零す。
そうしながら、視線を戻して。
少し…考えて。
彼女は何も言わずに、上体を前へと倒した。
案の定、彼女の肩にもたれかかっていた彼は、背中といすの間に、頭を落として。
「イタッ」
小さく悲鳴を上げて、周りの視線を集めていた。
「何やってんのよ?」
「もうちょっと優しゅう頼むわー」
「何でアタシが」
小声で言い合って、姿勢を正して。
背もたれにもう一度、身体を預ける。
きちんと映画を見はじめた彼に、微笑を零して、スクリーンへと顔を向けて。
――数分後。
また、肩に重み。
長々と、深いため息を吐いて。
アンタが誘ったんじゃん。
思いながらも。
ま、毎日ガンバッテんの、知ってるしね。
考えて。
彼女は小さく微笑んでから、そのまま、視線を戻した。
何よりも、こうしていることが、嬉しくて。
自分が横にいることで、安心しているのだと…そう、思いたかったから。
少しぐらいなら、許されるかな。
考えて。
こつんと、彼の頭に、自分の頭を重ね置く。
周りから見たら、自分達はどう見えるんだろう?
考えながら、頭を起こして。
彼女は、その肩にかかる重みを忘れずに、映画を見続けていた。


「おもしろかったね」
言って。
「でもアンタ、ほとんど見てなかったんだっけ」
そう零した。
それに、項垂れられて。
ちょっと高い位置にある頭を、彼女は小突いた。
「結構楽しみにしてたんやけど」
「寝てたのはアンタ」
「知っとるわ」
深く深く、ため息を吐いて。
彼はそこから立ち上がる。
映画館を出て、すぐのベンチに腰かけて。
少しの間、話していたのだけれど。
あーもう、終わりかぁ……。
少しだけ進んで、そこで待ってくれている背を見ながら、ポツリと思う。
腰を上げて、隣りに並んで。
歩き出してしまったら…、今日という日は、終わってしまうかもしれない。
それでも、隣りに付くことしか、許されてはいないわけで。
彼女もまた、歩き出した。
…の、だけれど。
「あれ?」
前方の人込みの中、横切った姿に、彼女は目を見開いて。
少し、その二つの姿を、視線で追いかけて…。
すぐに離した。
「どないしたん?」
「…何でもない」
自然と浮かんでしまった笑みをかき消すことにもできないで、彼女は綴る。
もちろん、見られないように、顔を背けはしたけれど。
嬉しくて、仕方がなくて。
送ってくれるという言葉にさえ、そうとしか思えなくて。
彼女は歩き出した彼を追って、歩を進めていた。





いつか。
いつかでいいから。
隣りにいるのが、隣りにいられることが、あたりまえになればいいと、思っていたのだけれど。
それはもしかしたら、自分から一歩を踏み出せば――叶うかもしれなくて。
「ユナ」
「あ、なっちん」
それを、遠回りにでも教えてくれた人物が、ごく身近にいたことには、感謝していて。
「昨日、葉月とデートだったでしょう?」
「え?
ちが……」
「違うんだ?
一緒に歩いてたのに?」
「だ、だって…。珪くんとはまだ、友達っていう関係でしか、ないし……」
「でも、ここんとこ、毎週じゃん?」
「そうでもないってば!」
必死に反論してくる親友を微苦笑でかわして。
彼女は本気で思いはじめた。
時には、自分から一歩を踏み出すことも大切で。
それをしたから、目の前の人物は、好きな人に近づけたのだから。
だったら、自分でも、それをすれば。
そう、考えてしまうのは、当然のことで。
「あのさ、アタシも…アンタのこと、ダシに使ってもいいかなぁ?」
小さく零した言葉に、首を傾げられて。
彼女は何でもないと、苦笑で発していた。

END

 

書きたかったので、姫奈津。
最後が駆け足なのが、どうしてもわかっちゃいますか。
でも、これ以上長くなると、切らなくちゃいけなくなるし…(それは嫌)。

とにかく、なっちんの恋はここから最終章です(断言)。
恋は一人でするもの。
恋愛は二人でするものだと思っているので。
樹は。

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