| 淋しそうな笑顔 たったそれだけで
こんなに気にしてる自分も
どうかとは思う
個人的に
「? 鳥川先生?」
たくさんのギャラリーから逃れるように出たそこで。
思いもよらなかった相手と、出くわしたから。
声を発した俺自身、驚いているのがわかるぐらい、上ずっていたのに。
「ああ、橘」
先生は変わらない声音で、笑みを返してくる。
腕を組んだ姿で、俺へと向き直って。
そして、その腕をするりと解いて、俺の目の前に。
「どうしたんスか? 職員会議じゃ……」
「確かに、会議だったんだが。これからの心構えとか。そんなことで、すぐに終わった。そしたら、廊下で出くわした女子生徒から、学園No.5がどうとか聞いてな。聞き流していたんだが、引っ張ってこられた」
「………」
「4番目なんだって? おまえ」
「…勝手に付けられたものだから……」
「まぁな。それで、女子の説明と共に、体育館の中を見てたんだが」
馬鹿らしくなったんで、ここにいた。
淡々と語る先生に、相槌を打って。
俺はわずかに、後頭部を掻く。
と。
「ああそうだ。おまえに聞こうと思っていたんだが」
そう、言葉を発してくる。
「何スか?」
「おまえ、近くのマンションの住人か?」
聞かれたことは、そんなことで。
てっきり、昨日の授業中のことだと思っていたから。
拍子抜けしていたのだけれど。
「違うのか?」
「確かに、住んでるけど…」
「そうか。マンション内で会ったこと、なかったからな。確信が持てなかったんだが」
「は? マンション内って……」
「先週末、引越し業者が入っただろ?
あれ、私だ」
「………」
「同じ一階の住人同士、仲良くしような?」
にこにこ笑って、先生は言う。
でもどこか、態度が大きいと感じるのは。
この言葉遣いとか、雰囲気の所為。
そんなことを考えていれば。
「橘くん!」
そう、声がかかった。
頭を動かして、声の主を探れば。
「桜川先輩……」
大きな身体が、目に入った。
「どうしたんスか?」
「ちょっと通りがかったから、いるかなって思って」
「………」
「それだけ…です」
何で敬語なんスか?
聞きたいけど、息を吐き出して。
そうすれば。
「ヒトミ〜!」
なんて、彼女を呼ぶ声が聞こえて。
彼女はごめんね、と声を落として、去っていった。
何なんだ?
思っていれば。
「…桜川?」
そんな問いが、極々、そばから。
「先生?」
「桜川って、あれ、管理人の妹?」
「そうっスよ?」
「………」
「?」
「かわいい…のか? いや、個人の趣味を、どうこう言う資格はないんだが」
あの人の妹自慢を聞いたんスか。
小さく小さく、息を吐く。
それから、肩にかけていたタオルで、額の汗を拭えば。
先生も、息を吐いていた。
「脂肪の塊だな」
「………」
「筋肉はついてなさそうだ。少し運動すれば、すぐに落ちるだろうな、あれは」
「先生…」
「まぁ、体重が落ちてくれば、かわいくもなるんだろうが」
「……」
「言っておくが橘。私も、彼女と同じくらいの体重だったことはあるぞ?」
「はぁ?」
腕を組んで、笑って。
先生は言って。
俺の反応がよかったのか、先生はますます笑って。
「見た目が同じ、ではないがな」
そう、付け加えた。
わけがわからなくて、眉根を寄せれば。
「小学校の頃、少しぽっちゃりしててな。その時に、結構スポーツやってたんだ。筋肉ついたんだろうな。で、やめたとたんに、また重くなって」
「………」
「体重のわりに、あまり太くはならなかった。よく言うだろう?
脂肪よりも筋肉の方が重いとか。おまえだって、結構重いだろう?」
「まぁ……」
「だからな、私の場合は、ダイエット、大変だった。筋肉をまず、やわらかくして。それを落とすことからはじめなくちゃならない。そのあとに、その下の脂肪に手をつける。思うように行かなかったな」
思い出したのか、遠い目をして、先生は言って。
それから、また、息を吐き出す。
「だから彼女は、ダイエットしたら、すぐに落ちるぞ?
本気の度合いにも、よるが」
「若月先生が、ダイエットの面倒見てるとか……言ってたけど」
「龍太郎が?」
呼び方に、眉根をひそめる。
名前で呼ぶのは、仲がいい証拠。
それをどこかで、おもしろく思っていない自分がいる。
「保健室にはよく行くが……会ったこと、なかったな」
「仲、いいんスか?」
「? 龍太郎とか?」
「…っス」
「気があった。最初に会った時にな」
仲がいいと言うか、悪友に近いかもな。
続けて言って。
先生は少し、歩を進める。
「今度会った時にでも、アドバイスしてやるか」
そう、言いながら。
「もう行くんスか?」
「ん? いてほしいなら、見ててやるぞ?」
「………」
「思うに、ここのバスケ部は、あんまり強くないな。見てて目を引いたのは、おまえぐらいだ」
「…ども」
「一人で引っ張っていくのは辛いだろうからな。来年に期待だな」
「……俺も、そう思う」
「そうか。……てことで、見ててもいいが、必然的に、おまえに目が行くということだ。それでもよければ、いてやる」
「やること、ないんスか?」
「ないな」
「そうっスか」
じゃあ、見ててもいいっスよ。
先生から視線を外して、中へ入ろうと、足を動かす。
故意に見られるのは嫌だけれど。
上手いという理由からなら、仕方がない。
そう思ったから、出た言葉。
そうやって、歩きはじめれば。
ふっと、笑ったのが、背中に届けられた。
振り返れば、先生が俺を見ていて。
「楽しいこと、好きなこと。それに打ち込むのは、いいことだ」
「…そうっスね……」
「だが、それが本当にやりたいことなのか……。それは見誤るなよ?」
また来る。
ひらひらと後ろ手に手を振って。
先生は去っていく。
また来ると言ったから。
きっとまた、来るのだろうけれど。
それが今日なのか、明日なのかは、わからない。
「……何考えてんだ? 俺……」
残念に思っている自分がいたこと。
それが何だか、わからなくて。
自分のことなのに、わからなくて。
俺は大きく、息を吐いてから、一歩を踏み出した。
END
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