時が経てば変わるものだということはわかっていたけど。
あいつだけは平気なんじゃないかって、身勝手にもそう思ってた。




Kitty





予定は何もなくて。
ほしいものも特になかったけれど。
商店街のその中に埋まってしまっていた看板を見上げて。
俺は本屋へと足を踏み入れた。
視線を落として、何かないかと思いながら歩いていく。
止めたのは、いつものコーナーだった。
手に取ろうとそれを伸ばす。
けれどそれは、背中を突つかれたことで止まった。
「?」
振り返ると、見知った顔がそこにはあって。
「やっ」
ふふー、なんて笑いながら、そいつはVサインを作ってた。
右隣りへと歩を進めて、俺の顔を見上げる。
「奇遇だね? こんなとこで会うとは思わなかったよ」
「俺も」
「そう? まぁ、葉月くん、あんまり本って読まなそうだしね。
だけど、君の髪の色は目立つし。まさかって思ったけど、歩き方とか、君なんだもん。
間違えようがないよね」
「へぇ……」
歩き方……そんなとこまで見てるのか、こいつは。
「おまえは?」
「僕? 僕は暇潰し」
「だろうな」
「何? その納得の仕方は。僕だって本ぐらい読むんだよ?」
「漫画だろ?」
「小説だって読みます! もう、やっぱ君、失礼」
固めた手の甲で二の腕の辺りを軽く叩かれて、俺は苦笑する。
わずかに膨れた彼女の頬に、それは楽しいものへと変わったけれど。
――学校で会うのと変わらない、と思う。
肩までの髪を後ろで一つに縛っていて。
そのゴムの色も、同じ赤で。
服装は、黒目のTシャツにジーパンっていう、ラフな格好。
俺が好きだなって思う服装なんか、一度もしてくれたことないな、とあとで思い出した。
何度も一緒にどこかに行ったりしているのに。
こうして、偶然出会うことだって、少なくはないはずなのに。
彼女はいつも、こんな格好をしていて。
「何ジロジロ見てんの? 人のこと」
顔を覗き込まれて、俺は少し驚いた。
ほんの少しだけ首を傾げて。
「葉月くーん。聞いてる?」
なんて、何度も紡いで。
「…聞いてる」
届ければ、彼女は無言で離れていった。
どう言おうか考えるけれど、いい言葉が思い浮かばなくて視線を外す。
と、彼女は視線を落として、そこに並んでいるものを見て。
「猫さんばっかり」
ふっと笑った。
「おまえも好きだったな、猫」
「そう。可愛いしさ。遊んでくれると嬉しくなるわけよ」
「遊んでくれる?」
「猫ってさ、そっけないとこない?
慣れてる子なら、呼んだら来てくれるじゃん?
でも、野良だとさ、呼んでも来てくれないじゃない。なかなか」
「…そういうことか」
「です」
一冊を手に取って、ぺらぺらと捲って。
彼女は名前を挙げていった。
ペルシャだとか、シャムだとか。
ヒマラヤンだとか、チンチラだとか。
よく知ってるな、なんて思いながら、その言葉を聞いていた。
「僕ねー、コラットとか、ロシアンブルーとか、ああいう毛色の猫がいいなー」
「飼うなら?」
「そう。でもね、猫さんなら何でもいいかも。一緒にいてくれるなら」
「だろうな」
「君だってそうじゃないの?」
くるくる変わる表情は、見てて飽きないものだと思う。
さっき笑ったと思ったら。
今はもう、その笑みは形を潜めて。
大きな瞳で、見上げてくるばかりで。
子猫っていうのが、本当によく似合う。
「まぁな」
「でしょー?」
にっこり笑って、彼女はまた、手元へと視線を落とした。
同じように、俺も一冊を手に取る。
買って帰ろうか、とか考えて。
さっきの言葉を思い出した。
「田端」
「はいはい?」
視線を上げることなく、彼女はそう答える。
それにわずかに眉根を寄せながら、俺は短く息を吐いた。
「何?」
急に向けられた視線に、驚きながらも、どこかほっとして。
「さっき、暇潰しって言ってただろ?」
「うん。言ったね」
「このあと、用事あるのか?」
「あのねー、有沢さんとデートの約束してるんだけどね?」
「有沢と?」
「そう。でもね、今日、バイトが急に入っちゃったんだって。朝にメールが入ってて」
「バイト?」
「お花屋さん。知ってるでしょ? アンネリーって」
「ああ、そう言えば……」
「人手が足りないらしくて、駆り出されちゃったみたいなんだ。
何時に終わるかわからない、みたいに書いてあってね」
「………」
「もしかしたら、お流れになっちゃう可能性が大なんだよねー。でもま、こうして待っているわけですよ」
この通りにある花屋を思い出す。
と同時に、そこで働いている人間も思い出した。
彼女はといえば、大きくため息を吐いて。
「つまらなかったわけですよ、本当に」
そう、小さく呟いた。
憮然とした顔でのそれは、小さな子供のようで。
「そうか」
「うん。でもね、今は楽しいのです!」
また彼女は、笑顔を見せる。
「どうして?」
「どうしてって、葉月くんがいるから」
「………」
「遊んでくれるもん、葉月くん」
「……帰るか」
「どうしてそうやっていじめるのー!?」
本を手にしたまま踵を返そうとすると、腕をぐっと掴まれた。
しかも両手で。
高校の入学式の日に、久しぶりに会った彼女は、十年前とは比べ物にならないぐらい、遠慮がなかった。
今もそうだ。
俺にこうやって接してくるやつは、彼女ぐらいしかいない。
「もう、絶対楽しんでるでしょ?」
ヒドイヒドイと連呼して。
元の位置へと戻ったにもかかわらず、手は離されないままだった。
片手だけを外して、急いで置いた本を綺麗に並べていた。
「べつに逃げないけど、俺」
「わかんないじゃん」
恥ずかしいとか、そういうことを思うのもどこかおかしいんじゃないかってぐらいに、
彼女は俺を異性として見ていなくて。
少しでも動こうものなら、腕に絡んだままの手は力を強めた。
「そういえば、それ、買ってくの?」
また開いて見始めた、俺の手の中の写真集を見て、彼女はそう聞いてくる。
身を乗り出すようなそれに、彼女を『彼女』として見るのは、少しずつおかしく思えてきて。
他のやつらと同じように、同性として見てしまう。
けれど、でも。
「まだ考えてる」
「考えてるってことは、買っていきたいなーっていう気持ちもあるってことだよね?」
「だな」
「そっかそっか」
何が嬉しいのか、にっこりと彼女は笑っていて。
ぎゅっと力が込められた手を見た。
俺よりも小さくて、決して骨張っていないその手は、どう見たって女のそれで。
俺もふっと笑みを零す。
「もし買って帰ったら、今度見せてね?」
それでか、と思っても、口にはしない。
ただ、息を小さく吐いただけで。
「ええー、いいじゃん。一人占めはしない方がいいよ?」
たったそれだけしかしていないのに、彼女はわかってくれて。
時々、心の中が読めるんじゃないかって思う。
そんな時、彼女がポケットから携帯を取り出した。
見ていると、メールを打ち出して。
「どうした?」
「ん? ああ…、有沢さん。やっぱり無理だって」
お店に入るから、バイブにしといたの。
言って、打ち終えるまで。
彼女はすべてを、片手でやってのけていた。
ぱちんと折り畳んで、ポケットへと仕舞う。
「暇になってしまった」
零して、息を吐いて。
彼女は並んでいる本の背表紙へと目を向けた。
買って帰るつもりなのか、気になったものを手前に引き出して。
俺はそれをずっと見ていた。
「決まったか?」
「んー…候補が二冊ある」
「そうか」
「うん。ってことで、ここで提案」
「提案?」
見れば、彼女はにっと笑みを浮かべた。
何か企んでいるような、そんな顔。
――嫌な予感がする。
「嫌だ」
「まだ何も言ってないじゃん!」
「おまえがそういう顔をしてる時の話は聞かないに限る」
「そういうとこで学習しなくていいよ」
「無理だな、もうしてるから」
「忘れてください」
「無理」
「………」
憮然とした顔で黙り込んで。
一冊に絞り込むために、彼女は考え出す。
「一冊、買ってもらおうと思ったのに…」
零された呟きに、やっぱりか、なんて思う。
「どうして?」
「僕の誕生日、もうすぐでしょう? だから」
「もう用意した」
「ありがとうございます。……って、それで終わっちゃったらダメなんだって!」
くすくす笑いながら、彼女を見る。
そんな俺に、彼女は少し視線を鋭くしていたけれど、すぐに口を開いた。
「葉月くんが用意してくれたプレゼントも気になるけど、これも欲しい」
「そうか」
「うん。欲しい」
「自分で買えばいいだろ?」
「そんなにお金ないもん」
「じゃ、諦めろ」
「えー?」
「………」
「買ってよ」
「理由は?」
「誕生日」
「もう用意してある」
「そこを何とか」
「嫌だ」
「んじゃ、去年の誕生日の分ってことで」
「………」
ここでそうだな、なんて言おうものなら、どこまで遡られるのかわからないな、なんて思う。
のに、彼女はどんどん一人で話を進めていて。
「買ってくれるよね? 葉月くん、優しいし」
「おまえには優しくしない」
「ヒドッ!」
「酷くていい」
「…もういい」
泣きそうな顔をさせてしまったことに、わずかに罪悪感みたいなものが湧いてくる。
こんな顔もするんだな、なんて思いつつも。
少し言い過ぎたか、なんて思う。
仕方ないか、と俺は仕舞ってある中から、一冊を手に取った。
彼女の前にある二冊を仕舞って。
まだ腕に絡まっている手があることをいいことに、彼女を連れて、レジへと歩く。
「ちょっ、葉月くん?」
歩きながら、持っていたものを肩越しに掲げる。
にわかに振り返れば、彼女は引きずられながらも、しっかりと歩き始めていて。
俺の視線に気づいたのか、彼女は俺の顔を見上げてきた。
「こっちのがおすすめ」
「はい?」
「買ってやるよ。希望通り」
レジに着いて、店員に差し出して。
財布を出した俺に、言葉がうそではないとわかったんだろう。
彼女は何も言わずに、ただ待っていて。
袋に入れられたものを差し出すと、満面の笑みを浮かべてくれた。
「ありがとう!」
「今回だけな」
「充分です!」
抱えて、彼女はまだ、嬉しそうに笑っていて。
二人で、本屋をあとにした。
「俺の家、来るか?」
腕に未だ触れている手を視界に入れながら、そう聞けば。
彼女はわずかに考えたあとで、俺を見上げた。
少し、心配そうな顔をして。
「いいんなら行く」
「いいから言ってる。遠慮するなんて、おまえらしくない」
「人が殊勝な態度を取ってればそれかい!?」
「それがらしくないって言ってるんだろ」
むーと言いながら膨れて。
それでもすぐに笑った彼女に、笑みを浮かべる。
「楽しみだなー。葉月くんチ行ったら、これ開けていい?」
「ああ」
「プレゼントも楽しみにしてるね?」
「…あ、隠さないと」
「じゃあ、探そう」
「探すな」
二人でくすくす笑って歩き始める。
有沢には悪いけど、急にバイトが入ってくれて、
感謝したりもしてた。

END

 

ファイルが紛失してました。
なぜ!?
ま、残ってたので、復活させました。
好きな話なので、ちょっと悲しかったです。

このあと、二人で珪くんの家に行くんですが。
実は玲、初めての珪くん家、訪問なのです(笑)。

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