周りのやつらが
俺のことをどう言ってるのかとか
どう思ってるのか とか
そんなことは知ってる

でも 俺にしてみたら
俺の隣りで笑っているこいつの方が
何倍も……特別だと思う



価値観 2




「綺麗だったね?」
俺の顔を覗き込むようにして、満面の笑みでそう言って。
彼女はゆっくりと立ち上がる。
立ち上がってから、後ろを向いて。
慌ただしく帰りの準備をしはじめる。
いすの上に、持っていたバッグを置いて。
周りも同じように動いていて。
俺は小さく嘆息した。
ついさっきまで暗闇だった場所には、人工の明かりが点いて。
夢の世界から、急に現実へと引き戻されたような気がして。
わずかに――嫌な気分になる。
「珪くん? 帰ろう?」
すっかり支度を終えた彼女が、俺にそう問いかける。
名前を呼んでほしくて、少し意地悪をした俺の名前を、彼女はその通り、呼び続けてくれていて。
それには…かなり安堵していた。
許してくれるんだな。
そう思ったりもした。
最初は慣れなかったせいか、少し気恥ずかしくもあったけれど。
今はそう呼んでくれないと、気づけないのではないか、と思うほど……馴染んでいる。
彼女の笑みは変わらない。
俺が初めて彼女を名前で呼んだ時。
彼女は戸惑っていたけれど。
今では俺と同様に。
慣れたらしく……何事もない表情で反応してくれる。
「もう少しゆっくりでもいいだろう?」
「…最後に出る?」
「ああ」
「でも…もう誰もいないよ?」
言われて、改めて周りを見回して。
早いな、なんて……ぼんやりと考えた。
そんな俺の様子を見て、彼女はくすくすと笑いはじめる。
「優菜」
「ごめんなさい」
謝りの言葉を口にしてもなお、彼女は笑い続けている。
控えめに。控えめに。
その顔がとても嬉しそうで。
俺は何も言えなくなる。
「わかるけどね、外に出たくない気持ち」
前の座席の背もたれに軽く寄りかかり、彼女は頭上を見上げた。
「さっきまで、あそこにはたくさんの星が瞬いてたでしょう?
忘れたくないのに、小さな灯りは…いつしか忘れられていく」
手を伸ばそうとしたのか、わずかに腕が上げられる。
けれど、その腕はすぐにもとの場所へと戻っていった。
「でも、今日っていう日は…誰かが覚えてると思う。
今日、この時間、この場所で――とても綺麗なものを見たっていう、思い出として」
「………」
「すぐになくなっちゃうかもしれないよ?
でも、一個一個覚えてなくても、全体的な、綺麗だったっていう思いは、消えないよ」
「……そうだな」
「うん。わたしは忘れないと思う」
小さくても、その言葉はしっかりとしていて。
俺は、言葉もなく。
彼女が見ようとしているものを見たくて、視線を投げた。
ただただ、灰色ばかりが目立つ天井。
視界の端には、同じ色のいすが円形に並べられているのが映る。
備え付けられたいす。
腰かける部分は…青。
明るい天井には、星は見えない。
外に出ても、まだ星はない。
時間は、まだ夕刻。
「どうする? 出る?」
それとも…もう一回見ていく?
問いかけられて、俺は何も言わずに立ち上がる。
彼女の手を引いて、出口へと真っ直ぐ歩く。
「珪くん?」
「ん?」
「もう帰るの?」
「いや…」
「じゃあ、どこか寄る?」
「ああ」
自分でも思うけれど。
俺は口数が少ない。
無口だとさえ言われるのに。
彼女は俺の、そんな言葉から――俺の気持ちを汲み取って、口にしてくれる。
先へと急ぐことはない。
俺の言葉を待って。
言葉が終わるのを待って。
それから、口を開いてくれる。
本当にありがたくて、離せなくなる。
「どこに行く?」
「どこでもいい」
一緒にいられるなら…どこでもいい。
外に出て、一度、立ち止まる。
息を吸い込んで、吐いて。
彼女を見れば、微笑っていた。
「どうした?」
「ううん。ただ…珪くんって、結構強引なところあるなぁって思って」
くすくすと声に出して笑って。
彼女は不意に、その笑みを止めた。
「今日、綺麗かな?」
「ああ…どうだろうな」
「雲、なければいいね」
「そうだな」
「また来ようね?」
「もちろん」
ふっと笑って見せれば。
彼女も笑う。
どちらからともなく歩き出して。
少し暗くなりはじめた空に、彼女が一番星を見つけてくれた。


ゆっくりと、それでも急速に夜の闇は辺りを埋め尽くしていく。
その様をぼんやりと眺めながら、俺は息を吐いた。
それに、彼女が俺の顔を覗き込んでくる。
どうしたの?
言葉にはしなかったけれど。
彼女の瞳が、そう語っていた。
「ちょっと…苦しい」
自分でも意味がよくわからない。
いや、わかっているのだけれど…わかりたくない、という感じで、俺はそれを口にする。
彼女はと言えば。
やはり…わからないのだろう。
小首を少し傾げて、俺をじっと見ていた。
「苦しいって……どこが?」
「この辺」
胸に軽く触れる。
自覚すれば、それはどんどん…深くなる。
「胸? 病気?」
「違う。――いや、ある種、そうかもな」
座っていたベンチの背もたれに背中を預ける。
瞼を閉じれば、迫っていた夕闇は、明らかな闇となって目の前にやってくる。
真っ暗だった。
それでも、心配している彼女の気配だけははっきりとしていて。
「珪くん、大丈夫?」
胸に当てていた手に、彼女の手が重なって。
その暖かさに、笑みが零れた。
「優菜」
「何?」
瞼を上げれば、彼女の顔は酷く気落ちしていて。
大丈夫だ、と言葉を届けても、きっと彼女は納得しないだろうことは、容易に想像できた。
だから…俺はばつの言葉を口にする。
「約束、しよう?」
俺が安心したいから。
彼女の未来まで、できれば――束縛してしまいたいから。
「約束……?」
彼女の瞳が大きく見開かれて。
「それで、珪くん、治るの?」
また、不安そうに細められる。
期待…してもいいのかもしれない、とか。
束縛しても許されるのかもしれない、とか。
考えはじめると、止まらなくなる。
おまえは、ずっとそばにいてくれるのか?
離れず、ずっと…隣りに。
聞きたいけれど、今はまだ。
何かが足りない気がして、聞けなくて。
だから、約束に留める。
「多分」
答えを返せば、彼女はわずかに考えて。
そして、頷いてくれた。
「…うん、いいよ。約束って…どんなの?」
内容も聞かずに首を縦に振ってくれた彼女に、微笑を浮かべる。
「星」
「星? 星が…何?」
「いつか……本物、見に行こう」
本物の輝きは作り物では出せない。
作り物は、所詮は…偽物だから。
その偽物を忘れてしまうと言うのであれば。
本物の輝きを。
本当の満天の星空の。
その――輝きを。
忘れることのない、感動を。
二人で共有したいと…切に願うから。
胸に当てていた手を返して、彼女の手を握る。
小さくて、細くて。
頼りないけれど…暖かな、彼女の手を。
「本…物?」
「本物」
「あの、プラネタリウムで見た、星空の?」
「ああ」
「どこに行って?」
「………」
「考えてないの?」
「…ダメか?」
「いいんだけど……」
「じゃ、それはあとで考える」
「難しいよ? 人工の明かりがあると、あそこまでは見られないし」
「知ってる」
「それに、あの通りは少し…難しいと思うけど?」
「だな。でも、俺は…忘れない」
「それも、超能力?」
「忘れたくないから、忘れない」
「わたしも、それは同じだけど…」
「それでも、本物を見に行こう。俺は、おまえと同じ物、共有したい」
「………」
「どうする?」
「………」
沈黙が降りる。
戸惑っているのか。
それとも、ただ単に考えているだけなのか。
表情からは読み取れないけれど。
俺のことで一生懸命になってくれる彼女という存在は。
やっぱり俺には――『特別』だから。
同じ物を見て。
同じように感動して。
そうやって、好きなものを一つずつ増やしていって。
多くなものを共有したい。
俺の…わがままでしか、ないかもしれないけれど。
彼女が、少しでも、俺と同じ気持ちなら…いいと思う。
だから、頷いてほしくて。
俺は、彼女の手を握っているその手に力を込めた。
「珪くん」
それに気づいたのか、彼女が俺を呼んだ。
「ん?」
「聞いても…いい?」
伺うような視線に、即座に頷きを返す。
「…それって、二人だけで……だよね?」
ほかに誰と行く気なんだ?
眉間に皺を刻めば、彼女は「だ、だってね」と言葉を続ける。
「珪くん、それについて言ってなかったし……」
「…言わないとわからないのか?」
「だって……」
ふぅ、と息を吐き出す。
彼女がこんな性格だということは知っている。
けれど…。
そうでなければ、彼女ではないから。
「ほかのやつらとは、行きたくない」
そう、言い切った。
「俺は、おまえと行きたい」
「……」
「おまえと見たい。ほかは…いらない」
「いらないって、珪くん……」
「ダメか? 俺と二人だけは…嫌か?」
問えば、彼女の首は横に振られて。
「嫌じゃないよ。いつか…行こうね?」
約束、と続けられて。
俺は安堵すると共に、笑みを浮かべた。



彼女を一人占めしたいと思うのは。
俺のわがまま。
わがままでしかないことは知っている。
それでも、彼女は俺の特別で。
他の誰が、何と言おうと…それは変わらないから。
彼女をずっと、束縛したいと思ってしまうから。
彼女の中に俺がいるのなら。
期待をしてもいいのなら。
許されるだけ…踏み込もうと思った。
「なぁ」
「ん? なぁに?」
「来週は…どこに行く?」
「珪くんはどこに行きたい?」
「……俺?」
「そう。今週はわたしが行きたかったところだったから、来週は珪くんの番」
「……それじゃ…」
許されると、わがままになる。
いいんだな? 止められなくなるぞ?
零れ出す笑みを止められずに、俺は言葉を紡いでいく。
悪い。
心の中。
小さく小さく、そう呟いて。
彼女の笑みを見つめていた。

END

 

珪くんVer.も書かないと!
てな考えから、書いたもの。
二人とも不安でいっぱいなんだね。
楽しいよ、わたしは…(クススv)。
書いていいなら、ぜひぜひ、この約束が果たされた時のことを書きたいですね……。
怪しくなることは目に見えてますがね(苦笑)。

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