振り返るのは
好きじゃない

でも
そろそろ

あの頃のこと

考えたい




過去と 今と





思い出すのは、笑顔。
ううん、笑顔だけじゃない。
あいつは、ころころと表情を変える人だった。
怒ることはほとんどと言っていいほど、なかったけど。
拗ねることはしょっちゅうだった気がする。
私にしか見せない表情や態度。
それが、多かった人だった。
だからこそ。
私を妬む人も、多くて。
そこまで考えて――思い出して――私は小さく、息を吐いた。
午後になったら、今日も学校に行かなくちゃ。
青い空を仰ぎ見て、思い出す。
テストの採点、しなくちゃいけないし。
もう一つ、吐息。
帰りは……また彼と、一緒になるかもしれない。
それでもかまわないと思っている、私がいるのも、本当で。
ベンチの背もたれに、身体を預けて。
ゆっくりと、瞼を閉じる。
――笑いは、絶えなかった。
一緒に住み出した時。
家のことは、私に任せて、なんて言った私に。
あいつはどこか、バカにしたような笑みを浮かべてて。
その上での、心配の言葉に、私は噛み付くことしか、できなくて。
それにやっぱり、あいつは……笑ってた。
思い出すのは、そんなことばっかりで。
本気で心配されたことなんて、ないかもしれなくて。
……だから私は。
気楽に、やれていたのかもしれない。
肩で息を吐いて、瞼を上げる。
と。
「あ、やっぱり鳥川先生だった」
そんな声が聞こえて。
「……神城?」
「はい」
焦点を目の前に合わせれば、にっこりとした笑みがあって。
私も小さく、笑みを浮かべた。
「散歩か?」
「ええ。今日は、天気がいいですしね」
「…一人でか?」
「一人ですよ」
わずかに混じったのは、苦笑。
それに、そうか、なんて。
短く言葉を発して。
私は少し、左側へとずれる。
右側へ、神城に座るように促して。
その通りに、腰を下ろした彼に、一度笑みを浮かべてから、背中を丸めて。
視線を前方へと投げた。
片膝に、組んだ手をかければ。
隣りからは、微笑が漏れて。
「先生って、聞いてた通りの人なんですね」
そんな言葉も、届けられる。
「聞いてた通り?」
「はい」
「誰に?」
「誰にって…いろいろ?」
また、微笑。
それに。
不審な表情をして見せれば。
彼はその微笑を、濃くするだけ。
でも。
「聞いていいですか?」
そう、言葉を発した彼の表情は、真剣で。
何かと問い返すのも、どこか怖ささえ、伺えて。
けれど、聞かないわけには、いかなくて。
「何だ?」
だって、今の私は。
『教師』でしか、ありえないのだから。
「言いたくないなら…いいんですけど。恋人、亡くなったんですか?」
「………」
ずいぶんと、単刀直入。
それはなぜなのかと聞いてもいいんだろうか?
考えるけれど。
「…一年……と、ちょっと前か」
「……そうですか」
「それが?」
「辛い…ですか?」
「今か?」
「…はい」
「今は…そうでもないな」
思い出すと、辛いけどな。
加えれば。
神城は何かを考え込んで。
「思い出っていうのは、消えないからな。積み重ねることはできても、捨てることも、消し去ることもできない。それでも、いつかは笑って、話せるようになるかもしれない。そう思って、今は生きてる」
「………」
「何かの弾みで、思い出すこともあれば。自分から、思い出そうとする時もある。忘れたくは、ないからな。でも、今が悪いとは、思いたくない。昔の方がよかった、とは…思うけれど。今だってそんなに、悪くない。だってそうだろう? 周りには、たくさんの人がいてくれる。沈んでばかりいたって、あいつが望んでた私にはなれないんだから」
「そう…ですね」
「まぁ、今となっては。あいつが何を望んでたのかなんて、わからないけどな。聞いてなかったから。推測するしか、ない」
「……」
「残していく者の思いは、残された者には、わからない。まぁ、逆もまた、然りだろ。それぞれのものだから。聞いたとしたって、結局は、推測の材料にしかならない」
紡いで、彼の顔を見れば。
やっぱり、何かを考え込んでいて。
「好きな人でも、いるのか?」
そう聞いてみたら。
首は緩く、横へと振られた。
「そうか」
「………」
「でも、つくった方がいいとは、思うけどな」
「?」
「自分が心を開ける相手が増える。第一、生と死は、いつだって隣り合わせだろう? 今、生きているからといって、次の瞬間には、何が起こるかわからないんだから」
「…はい」
「けれど、残された者の中に、自分は生きていける。それが多いなら、多いだけ。自分が生きた証は、残るだろ?」
大きく見開かれた目に、微笑を送れば。
彼はゆっくりと、柔らかく、微笑して。
そうですね。
なんて。
彼にしては珍しく、含み笑いで…綴った。

END

 

主人公は彼のことは、知りません。
龍太郎も、いくら仲がよくても……ってことで、言ってません。
なので、こんな話もあっていいかなーと。
でも。
過去を振り返っていただく予定だったのに。
何かが違う…(いつものこと)。

戻る