大きく息を吸い込んで
自分の胸に
手を当てる自分がどうしたいのか
それを
知りたい
抱えた 答え
野菜の詰まった段ボール箱を、玄関先へと下ろす。
ありがとうという言葉をもらったのは、今日で何度目だろう。
考えて、それに応えるための笑顔を浮かべた。
何をしていても。
頭の中にあるのは、彼女の涙で。
優しくするなといった、その言葉で。
考えれば考えるほど、心の中は、重くなってくる。
優しくするなというなら、しない方がいいんだろう。
そうは思う。
けれど、会ってしまったら。
優しくはするかもしれない。
友達という――範囲の中で。
「………」
自転車を引きながら、歩き出す。
考えているのは、それ。
『友達』という範囲は。
どこまでが、そうなのだろう。
どこまでなら。
『友達』として、許されるのだろう?
カラカラと、タイヤの回る音を聞きながら。
小さく、息を吐く。
逆に、思うことがあるとするなら。
こんなことを考えてしまっている自分は。
もしかしたら、もう、手遅れなのかもしれない。
それでもまだ、受け入れたくはないと思っているのは。
厄介なこの、性格の所為かもしれなくて。
追いかけるのは、好きじゃない。
そう、思い続けているからかも、しれなくて。
自信がないわけじゃない。
ただ。
追いかけた末。
叶わなかった時のことを考えたら。
動きたくない、だけ。
空を見上げれば、そこには星が瞬いていて。
オレはそこから、視線を外す。
認めたくはない。
ないけれど。
考えてしまっているなら。
きっと、離れていく姿を見た時に。
深く、大きな後悔に苛まれることは。
目に、見えている。
思って、考えて。
あと、ほんの少しの道のりだけれど、こいでいくか、なんて。
そんなことを思って、跨ろうとすれば。
「あれ…? 若月先生?」
声をかけられた。
振り返れば、そこには、二人の生徒の姿があって。
「よ! 今帰りか? 大変だな、演劇部は」
「まぁ、そうですね」
「えー? ボクはそうは思わないけど……」
「深水は色々と、ちやほやとされてそうだからな」
発してみれば、女生徒の方は微苦笑で。
男子生徒の方は、眉根を寄せて、頬を膨らませていて。
オレは思わず、苦笑を漏らしてた。
「そういえば…休み時間、どこか行ってたんですか?」
「ん? 何でだ?」
「ちょっと用があって、保健室に行ったんです。でも、鳥川先生しかいなくて……」
あの時だと、すぐに思い至った。
休み時間中には、戻れなくて。
戻ったら、彼女がベッドの上に、腰かけていた。
あの…時。
「あー、あの時は、ちょっと生徒に頼まれて。留守にしてた」
「そうですか」
「で? 用ってのは?」
「大丈夫です。鳥川先生に、代わりに聞いてもらったんで」
ニコニコと話す少女に、微苦笑で息を吐く。
彼女とこの少女の仲がよくなったことは。
別に、かまわない。
仲がよくなったからといっても、所詮。
先生と、生徒。
その壁を、彼女が壊すとは、思えない。
「先輩、鳥川先生と仲いいんだ?」
「うん。結構ね、相談とかに乗ってもらってるの」
「ふーん…。剣之助も、何か仲いいみたいだよ?」
「へぇー」
「ほとんど毎日、昼休みは数学教諭室に行ってるし。日曜も、何か二人で遊んでるみたいだし」
言葉もなく、目を見開く。
けれど、それを自分で自覚した直後に、その表情は、別のものへと変えた。
昼休みに、橘が彼女の元へと来ていたのは、知っていた。
ただ、そんなに頻繁だとは、知らなかった。
日曜…も?
どうして?
「どっか行こうって誘っても、乗ってくれないんだよなー。何でって聞いたら、多分、鳥川先生が来るだろうからって」
「それって、約束してないってことか?」
「え? うん…。そうなんじゃないかな?」
「………」
「何してんのかは知らないけど。毎週、二人で、剣之助の家で、何かしてるみたいなんだよね」
「…そうか」
とてつもない、不安。
それが胸の中で渦巻いているのは。
もうすでに、理由がそれしかないことを、物語っているのに。
それでもまだ、認めたくないと思ってしまうのは。
やっぱり、傷つくのが怖いから、なのかもしれない。
「橘くんも、仲いいんだ」
「そういえば、今日も昼休み、行ったみたい。教室に戻ってきたら、何かちょっと、機嫌よさそうだったし」
傷つくのが怖いなら。
手放してしまえばいい。
ただ、それだけのこと。
なのに、今。
それをしたくないと、思ってしまっている自分がいることも、確か。
「何しに行ってんのか聞いても、答えてくれないし」
「数学を聞きに行ってるんじゃなくて?」
「だって、教科書とノート、持っていってないんだよ?」
「…そっか……」
「付いていこうとすると、嫌そうな顔するしさぁ…」
二人きりになりたい理由とか、あるのかな?
ポツリと零された言葉に、笑みが強張る。
胸に手を当てれば。
不安からか、鼓動は早くて。
「好きなのかな?」
「えー? 相手、先生じゃん!」
「関係ないんじゃない? 年齢とかって」
「でもさぁ…」
「まぁいいじゃねぇか。誰が誰を好きだとか、そんなもんはよ」
思い切って口にして。
少しだけ早めに、歩き出す。
声は震えていなかっただろうか。
悟られて、いないだろうか。
不安に思いながら、背中にかけられる声を、半ば無視して、歩いていく。
彼女の胸の中を知るまでは。
何もできない。
それが――オレが出した、答えとして。
胸に抱えておくしか、オレにはなかった。
END
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