一人は嫌だったけど。
でも、誘いづらかったから。



いろ




入り口でチケットを買って、中へと入る。
電車を乗り継いでやってきたそこは、聞いていたよりも広くて。
人も結構いたけれど。
そこ独特の空気のせいか、音はほとんどなかった。
静寂の中、小さく人の囁き声が聞こえたり。
足音が立っていたりしていた。
彼女もわずかに音を立てながら、ゆっくりと歩いていて。
それでも、一枚一枚、きちんと正面に立って、見続けていた。
感想を口にはできずに、表情だけで語って。
また――歩き出す。
綺麗だとか、すごいだとか。
驚いたり、微笑んだり。
忙しく表情を変えながら、彼女は館内を回って。
目当ての絵の前に置かれた小さないすに、腰かけた。
あまり大きくはない額に収められたその絵は。
幼い頃に見たことのあるような気がして、仕方がなくて。
思い出を掘り返すわけではないけれど、どうしても思い出したくて、彼女はここへとやってきたわけで。
そんな個人的なことに、誰かを誘うのは、悪いような――そんな気がして。
「どこで見たんだっけ?」
見上げて、彼女はここに来て、初めての言葉をそう…発した。
たくさんの色が使われた、絵。
桃色の服を着た女の人が、跪いて空へと両手を差し伸べている。
これとまったく同じではないな、とは思ったけれど。
やはり、そのようで。
いくら考えても、答えは出ない。
縁に手をかけたまま、彼女はじっと、その絵を見上げていて。
後ろにその人が立ったことさえも、気づかずにいた。
「この絵、どうかしたのか?」
「え!?」
声を発して、大きく振り返って。
彼の眉が顰められていることに気づいたあと。
彼女は口元を手で覆った。
「ご、ごめんね?」
「俺に謝られても困る」
「それはそうだけど……」
項垂れれば、彼は隣へと腰かけて。
彼女がさっきまで見ていた絵を、同じように見上げていた。
どの絵よりも綺麗だとは思うけれど。
彼女はそれを、彼に届けようとは思わなくて。
「どこかで見たことあるんだけど、思い出せなくて……」
そう、べつの言葉を綴った。
小さなその、呟きにも似た囁きに、彼は「そうか」としか言わなくて。
それでも彼女は、首を縦に振る。
「この絵じゃないの。似てる…絵なんだと思うけど」
「………」
「絵じゃないのかもしれない。べつの何かだけど、絵のようにも見えるもの…?」
「……ああ」
「わかる?」
「わかる。切り絵とか、そういった物…だろ?」
「切り絵……、そうだね、そんな気もする」
でも、何かもっと明るかったような気もするんだよね。
零して、絵を見上げて。
思い出そうと試みるのだけれど、断片的に――すべてがぼやけた感じに――しか、思い出せなくて。
そっとため息を吐いてから、隣りの彼を見る。
考え込むように俯いて、眉間に皺を寄せているその姿に、彼女は首を傾げた。
「珪くん…?」
「…ん?」
「わかる?」
「………」
――答えはなくて。
彼女はもう一度、彼の顔を覗き込んだ。
何を考えているのかがわからなくて。
いや――たぶん、自分が言った言葉から連想できるものを探ってくれているのだろうとは思うのだけれど。
思い付いたものでさえ言ってはくれないというそのことが、何か急に……不安にしかならなくて。
「そう言えば、珪くんは何でここに?」
話題を変えてしまえば、彼の瞳は彼女を見て。
「べつに…おまえがここに行きたいって言ってたから」
笑みを覗かせて、そう零した。
言葉に、彼女の瞳はわずかに大きくなる。
「え?」
「言ってくれれば、一緒に来た…俺」
「え?
あ…うん。ごめんね?」
返ってきたのは失笑。
謝ることないだろ?
なんて言われて、彼女は俯いて。
それでも、差し出された手に、顔を上げた。
「いつか、思い出せるだろ?」
「うん……」
「今は目に焼き付けておけばいい。同じ物を見られた時に、気が付けばいいんだから」
「…見られるかな?」
差し伸べられた手に自分の手を重ねて。
彼女は立ち上がった。
彼は笑っていて。
「必ず」
そう、綴った。
その手に引かれて、館内に飾られている残りの絵を見て。
振り返られるたびに、彼女はにっこりと、微笑んでいた。

END

 

友人である、姉ちゃん(樹がそう呼んでいるだけ)ご希望の『ほんのり』。
できているのか、すごく心配。
美術館ははばたき市にはないので、電車を乗り継いでもらいました(笑)。
何か言われそうだな、なんて……(逃走)。

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