彼女が望むすべてを、叶えたいと思った。
だからそう言ったのに。
彼女は、俺には何も、望んではくれない。
― 祈り ―
夜闇の中。
彼女は一心に空を見つめていて。
胸には固めた手を置いて。
たった一つのそれを、待ち続けている。
きらきらと瞬く星の中。
それが落ちるその瞬間を、今か今かと待っていて。
彼女のそんな横顔を見て、彼もまた、瞳を頭上へと向けた。
光の強さは、一つ一つ、違っているけれど。
こうしてゆっくりと、本物の星空を眺めることも、この頃はなかった、と思い出す。
時間に追われていたのだと自覚して。
短く息を吐いた。
「珪くん」
「ん?」
どんな言葉が返ってくるのかはわかっていたけれど。
彼は無視することなく、反応する。
「まだ…かなぁ?」
ここに来てからずっと、同じ会話しかしていない。
それでもかまわない、と思う。
「もうちょっとだろ」
「でも……」
「視線逸らすと、見逃すぞ?」
「それは嫌!」
一度、視線を伏せて、ちらっと彼の方を見た彼女は。
彼のその言葉に、すぐに視線を上げる。
小さな階段に腰かけて。
十分ぐらい、同じことを繰り返している。
いつ現れるかわからないものを、ただ待つ、という行為は――結構辛くもあるけれど。
期待はむくむくと膨らんでいくばかりで。
だから待つというのは、つまらなくはない。
「なぁ」
「なぁに?」
返事をすると同時に、彼女は自分の瞳に、彼を映す。
それを視界の端に見て。
彼はふっと微笑う。
「見逃すぞ」
「え? あっ!」
慌てて、視線を上げて。
「珪くんのいじわる!」
彼女はそう、頬を膨らませた。
「べつに、俺は関係ないだろ?」
「あるよ。話しかけるの禁止!」
「おまえはいいのか?」
「いいの! 珪くんはわたしが誘ったんだから」
「めちゃくちゃだな」
「………」
ますます頬を膨らませて。
彼女は無言で、空を見続ける。
怒ったか……?
思い、彼女の顔を覗き込む。
それでも、彼女は彼を無視して、空を見ていて。
「優菜」
「………」
「悪かった。ごめんな」
「…………」
「優菜」
「…本当に、そう思ってる?」
ちらっと瞳を動かして。
彼女は、彼を見る。
「思ってる」
答えに、嬉しそうに笑って。
彼女は期待に満ちた瞳を、また空へと投げた。
そのあとで、彼女は口を開く。
「そう言えば、さっき、何を言おうとしたの?」
「?」
「わたしが珪くんを見ちゃう前」
「ああ」
その時の場面を思い出して。
何を言おうとしていたのかを、思い出す。
確か、彼女に聞きたいことがあったのだと考えるまでに、ほんの数瞬の時間を要して。
「どうして…流れ星なんて見たいと思ったんだ?」
星はまだ降らない。
それを確認してから、彼はそう、問いを口にした。
「うーん…、見たかったから?」
「何だ、それ?」
「だって、見たかったんだもん」
くすくすと笑って、俯かせてしまった視線を、また空へと戻す。
「願い事でもあるのかと思った」
「え?」
「だってそうだろ? 流れ星が消える前に……」
「願い事を三回言えたら、願いが叶うっていうやつ?」
「ああ」
「無理だよ。三回なんて、とてもじゃないけど言えない」
「そうだな」
「でもね、願い事はあるよ」
言ったあと。
あ!
と、そう声を上げて、彼女は立ち上がる。
「珪くん、今の見た?」
「ああ。見た。一瞬だったな」
「うん! でも、きっとすぐにまた流れるよ」
嬉しそうに、彼女はまた、食い入るように空を見つめて。
その背中に、彼も立ち上がる。
「あるのか」
「?」
「願い事」
「うん!」
笑顔を向けられて。
それに、空へと指を差して。
「いいのか?」
と言えば。
彼女はまた、慌てて空へと向き直った。
「あるけど、言わない」
「どうして?」
「どうしても」
「………」
「珪くんは叶えられると思う。けど、言わない」
「俺?」
「うん。でも、言わないよ?」
瞳を空に向けたまま、彼女は笑みを浮かべていて。
彼女が口にしてくれない理由を聞きたかったけれど。
言わないと本人が言っているのだから、無理なのだろうと、諦めた。
俺も、優菜にしか、叶えられないものだしな。
考えて。
もしかしたら、同じなのかも、と思ったけれど。
思いながら、彼女を見たけれど。
小さく首を傾げられて。
彼は緩く首を振って見せることしか、できなかった。
END
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