君がいないだけでこんなにも淋しい。
君は…気づいていた?
君のいない日常
校舎の裏のその場所で、彼は昼食を摂っていた。
周りには…猫たちが群がっていて。
相手をしつつ、彼女が自分のためにとわざわざ作ってきてくれた弁当を口へと運んでいく。
のに。
つまらないと感じてしまうのは、なぜなのだろう――と考えはじめて。
おいしくないと思ってしまうのは、なぜなのだろう――と問いかけ続けて。
いや、美味い…けど。
思ったことを即座に否定して。
雲が流れる空へと視線を移す。
今日は彼女がいないから、猫たちの元へと来たのだけれど。
やはりどこか…物悲しくて。
ふぅ、と一つ、息を吐く。
空…やっぱり遠いな。
昨日と違うことを一つずつあげていく。
雲は昨日はなかった、とか。
日差しはもう少し強かった、とか。
屋上じゃなくて、校舎裏だ、とか。
猫たちがそばにいる、とか。
彼女がいない――とか。
「………」
瞼を閉じて、緩く首を振る。
ひとりではないとわかってはいる。
猫たちがそばにいてくれているのだから、ひとりではないと。
それでも寂しいと思ってしまうのは、あの笑顔が…ないからで。
長い昼休みの時間。
放送で呼び出しのかかった彼女は、彼に一言だけを告げて教室を出ていって。
用事が終わっても、ここに来ない可能性は高くて。
でも…あいつに会うまでは、いつもひとりだったし。
昨日よりも高い場所にある空を見上げながら、彼は思う。
あいつに会うまでは、平気だったんだ。
あいつが…俺の中に、入ってくるまでは。
思い出して、思い出して。
行き当たった考えに、眉を顰める。
最初は…どうだったのかと。
この街に戻ってきて、彼女の姿が、どこにもなくて。
その時は――…。
「淋しかった……」
呟いて、壁へと背を預ける。
ずっと淋しくて。
そう思い続けることに疲れて……蓋をしてしまったのかもしれない。
そう思わなくてすむように。
その感情を――忘れようとしたのかもしれない。
ばかだな。
なくなるなんて…ありえない。
大きく息を吐いて、瞼を閉じる。
今、彼女は…どこにいるのだろう?
まだ用事は終わっていないのだとしたら、職員室で。
終わったのだとしたら、教室に戻って、友達に捕まっているのかもしれない。
そのまま話し込んで。
友人たちと昼食を摂っているかもしれない。
それとも、屋上へと足を運んでくれているかもしれない。
自分がここにいることは言っていないから、捜しているかもしれない。
考えても詮無いことはわかっているのに。
思考は止まることなくぐるぐると回る。
彼女がいないというだけで。
それだけで…こんなに苦しくなるのなら。
きっと…彼女に会う以前の自分には戻れない。
息を吐いて、肩を落とす。
彼女の存在が、自分の中で大きくなっていることに気がつく。
彼女の中で、自分がどれくらいを占めているのか、見当も付かないのに。
瞼を上げて。
呆然と空を眺めやって。
そこに、影が差したのは、本当に不意。
「やっぱり、ここだった」
突然現れた彼女に、目を丸くする。
機嫌よく、笑みを浮かべて、彼女は彼の隣りに腰かけた。
膝の上に弁当を広げて――いただきます、と呟いて。
群がる猫たちにおかずを分けてやりながら、彼女もまた、食事を進めていく。
「おまえ…どうして……?」
ようやくそれだけを口にした彼に、彼女は首を傾げて。
「どうしてって…何が?」
問い返されたのに、額に手を当てる。
どうしてここにいるのか、を聞きたいのに。
彼女が気づかない理由は、きっと一つで。
それはきっと、昼食は彼と一緒に摂ることがあたりまえで、普通のことだから。
だから彼女は、ここにいる。
「最初、屋上に行ったんだけどね。いなかったから…ここかなって」
べつの意味合いに取ったのか、彼女はそう答えて、はしを動かす。
珪くんも食べないと、時間なくなっちゃうよ?
彼の手の中、弁当箱の中身を覗き見て、彼女はそう零した。
それに短く応えを返し、彼もまた、昼食の続きをしはじめる。
「もう、氷室先生、話長いんだもん。ご飯食べる時間、なくなっちゃうっていうのに」
愚痴を零して、食事を続けて。
「何だったんだ?」
「氷室先生?」
「ああ」
「何かね、前回のテスト、ちょっと変なところでミスやってたから、今回はそんなことのないようにって」
「あれか。単純な計算ミス」
「そう、あれです」
ペロッと舌を出して見せて。
「珪くんが教えてくれなかったら、きっとわたし、わからないままだったかもしれない」
パックのジュースを飲みつつ、彼女はそう零す。
「答案にもね、氷室先生からチェック入れられてたんだけど、わからなかったから」
「ああ。入ってたな、そう言えば」
「そう。で、それはわかったのかーってとこからはじまって」
言葉を切って、昼食を進めて。
「でね、最後には釘刺されました。だから、気を付けなくちゃって、気合入れたの」
区切りのいい場所で続きを発して。
喉を潤してから、また進めて。
「珪くんに教わってばっかりじゃダメだしね」
「べつに…俺はいいけど」
「わたしがダメなの」
「どうして?」
「どうしてって…いつかは、その……抜きたいから」
突然のライバル宣言に、彼は目を丸くする。
それを呆れていると取ったのか、彼女は一人で「本気なんだからね!」と騒ぎはじめて。
「だから、一流大学進学に決めたの!」
「…おまえ……」
「高校で抜けなくても、大学四年間プラスすれば、希望持てるかなって」
「…………」
同じ進路に決めた理由がなんであれ。
もしかしたら同じ道を歩めるかもしれない、同じ時間をこれからも共有していけるのかもしれない、というのは――嬉しいものでしかないから。
彼はうっすらと笑みを浮かべる。
「あ、それと、寝ちゃダメだからね! これだけは言っておこうって思ってたんだ。珪くんが寝ちゃうと、勝ったって気にならないもの」
「…わかった」
これは気を抜けないな、とは思いつつも、頬が緩んでいくのを止められなくて。
自分が発した答えに、彼女も笑っているから。
それもまた――嬉しくて。
彼女のいなかった日々が、どれほどまでに淋しいものだったかを思い知った。
それと同時に、彼女のいない日々が、どれだけつまらないものかも知った。
「でも……」
「ん?」
「勉強、わからないところ…教えてもらってもいい?」
「………」
「珪くん?」
「嫌だ」
「……ケチ!」
思い切り舌を出したあとで、膨れてしまった彼女に……笑みが零れる。
声を出して笑ったのは久しぶりで。
自分にはまだ、こんな感情があったのかと、彼はどこか――思考の片隅で考えていて。
つられたように笑みを零した彼女と共に。
ただただ、穏やかな時を過ごしていた。
END
|