| 『最低』 わかっているのに
そこから評価は
上がらない
評価
「そうか」
「はい! 一ノ瀬さん、スイスでよければって」
嬉しそうに笑う彼女につられて、私も笑う。
廊下からは、生徒の声が響いてきていて。
それでも、この場所には、ほかの人間は入ってこない。
ここの主であるはずの――彼も。
「そういえば、順調か?」
問えば、彼女は一瞬、目を丸くして。
それでも、すぐに。
満面の笑みを浮かべて、肯定の言葉を発してくれた。
「まぁ、そうだろうな。目に見えて、細くなってるし」
「そうですか!?」
「自分でわからないか?」
「うーん…、確かに、制服のボタン、簡単に止まるんですよね……」
思わず、苦笑。
でもまぁ、実感があるなら、いいかもしれない。
「しかし…一ノ瀬か」
「はい?」
「桜川が視界の中に入りたいと思った相手」
「ち、ちが…!」
吃ったその声に、くすくすと声を上げれば。
彼女は「もうー…」と、視線を膝の上の手元へと落としてしまって。
私の言葉を、肯定してくれる。
大変だな、なんて。
わずかに思う。
無理だとは、言わないし。
思わない。
彼女と旅行を……と、少しでも考えたなら。
彼の心情は、ほんの微かにでも、動いたのだろうから。
ただ彼は。
自分にも、周りにも、厳しいから。
隣りに並ぼうと思うのなら、かなり頑張らなければいけないんだろうことは、確か。
「周りの意見は、参考にした方がいい。あれの視界に入ろうと思うのならな」
「だから…!」
「だが、兄の意見は、ほどほどにな」
「……はい…」
自分自身をしっかりと持っていれば。
何がよくて、何がダメなのか。
それを見極めることは、簡単だと思う。
けれど、意固地になるのは、ダメで。
時には辛い言葉も、自分のためと、聞かなくてはならない。
突っぱねるのでは、なくて。
優しい言葉ばかりを、信じるのではなくて。
自分のためを思って、言ってくれているのだと。
そう、感じ取ることが、大事。
「にしても、若月先生、遅いですね」
ポツリと落とされた言葉に、小さく短く、息を吐く。
いつものように、保健室へと足を向けて。
ただ、いつもと違ったのは。
休み時間に、ここへと向かっていたこと。
途中で見つけた、彼のかたわらには、女子生徒がいて。
二人は、私に背を向けて、歩き去っていた。
多分。
あの子は彼のことが好きなんだろう。
そんな表情で、彼を見上げていたから。
私は、声をかけることも、できなかった。
ただ、遠ざかっていく背中に。
保健室で待っていることを、小さく、告げただけ。
聞こえないだろう声で、告げただけ。
そうして、ぼんやりと、窓から外を見ていたら、桜川がやってきて。
秘密の会話めいたものを、していたわけだけれど。
休み時間が終わる前には、帰ってこないかもしれない。
それは、ひとりでここにいた時から、考えていたこと。
別に、それでも――かまわないのに。
淋しく思うのは、おかしいって、わかってるのに。
私はそれを、うまく隠せているかさえ、わからない。
そう。
私は今。
淋しいんだ。
「………」
だからって、ほかの場所に行くのも、どうかと思うし。
ほかの場所って言ったって。
一つしか、ないんだけど。
「…………」
考えて、息を漏らす。
最低だ、やっぱり。
どうせ、きっと。
その場所でさえ、目の前から――手の中から、するりと逃げてしまったなら。
私はきっと、同じことを考えるんだ。
龍太郎がダメなら、橘で。
橘がダメなら、龍太郎。
そんな……風に。
最低だ。
ポツリと思う。
わずかに、声にも出てしまっていたのか、彼女が私の顔を見続けていたけれど。
緩く、首を振っておいた。
彼が戻ってきたのは、やっぱり、休み時間が終わってから。
桜川を送り出して。
たった一人の保健室で、ベッドの上。
深く腰かけて、ぶらぶらと足を動かしていたら、暢気に鼻歌なんか歌いながら、帰ってきた。
扉をぴっちりと閉めていたから。
それを開け放った彼は、私の顔を見て、驚いて。
「どうした? オレ様のこと、待ってたのか?」
でもすぐに、そう、ニヤッとした笑みに乗せて、言ってきた。
否定はしない。
だって現に、私は彼を待ち続けていたんだから。
だから。
「…うん」
そう、首を縦に振る。
彼をまっすぐ、見たままで。
自分の心が、どこにあるのか、知りたかったから。
だからずっと、待ってた。
戻ってきてくれたことは、嬉しい。
嬉しいけど、ただそれだけ。
本当に、ただそれだけ。
……それだけ?
考えていれば、ふわりと、手が彼のそれによって、包まれる。
っていうか。
何で私の手、そこにあるの?
「そんなに、オレ様に会いたかったのか?」
「………」
「柊?」
手を伸ばしてたのは……私?
彼に触れたいと、願ったの?
「私……」
わからない。
私。
どうしたいんだろう?
視界が下がる。
入ったのは、彼に包まれていない方の、手。
膝の上に置かれたままの、手。
それを見続けていれば。
ベッドが揺れて。
彼が隣りに座ったのが、それでわかって。
そして。
私の身体は、彼の腕の中に、移動してた。
抱き締められて。
何をどう思ったらいいのか、わからなくて。
「柊?」
「…呼ばないで……」
「………」
「何か今…わかんない……」
温もりに縋っているのは、私の方。
抱き締められた腕の力が緩まないように。
ぎゅっと、腕を掴んで。
手でさえも、離されないように、力を込めて。
本当に私は、どうしたいんだろう。
彼の腕の中。
そればかりを、考えていた。
END
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