| 今日と明日 その二日間
それだけは
女の子が頑張っていい日
その二日間だけは
女の子が頑張れる日
Happy V’day!
HRが終わった直後。
僕は鞄を取って立ち上がる。
授業が終わってから、氷室先生が来る間に帰る用意をすませていたから、そんな行動が出来るのであって。
「田端、一緒に……」
「ごめん! 今日、買い物してからバイト行くから無理!」
「いや、付き合う……」
「いい! んじゃね!」
バタバタと足音を立てて、声を掛けてくれた彼の言葉を遮って、そう謝罪の言葉を紡いで。
急いで教室をあとにした。
葉月くんには悪いけど、今日は絶対に無理!
心の中で思いつつ、階段を駆け降りて。
いつの間にか、追いついてしまっていた氷室先生に注意されても止まらずに「ごめんなさい!
急いでるんです!」の言葉だけを発して。
追い抜いて。
上履きを脱ぐのももどかしくて、小さく悲鳴を上げてみたりして。
まだ帰宅する生徒の少ない中をバタバタと急ぐ。
「玲ちゃん、何や急いでるんか?」
「そうなんだ! 悪いけど、また別の日に誘ってね!」
一緒に走り出したニィやんにさえ、そう言って。
後ろ手で手を振って、商店街へまっしぐら。
ほとんど、この前の休みに買ったけど、肝心要のチョコレートは今日買う予定でいたんだよねー。
息を切らして、一件の店に飛び込んで。
「すいません、あれ、ください……」
肩で息をしながら、店員さんに言う。
最初は目を丸くしていたものの、店長さんらしく、年配の女性が近寄ってきて。
僕が指差した方向を見て、それを手に取ってくれた。
「これでいいのかしら?」
「は、はい。あの、そのままでいいんで」
「はいはい」
その場にへたり込み、僕はとりあえず、息を整える。
壁にかかった時計を見れば、バイトの時間まで、あまりなくて。
「一つでいいの?」
「あ、二つ…出来れば、三つ」
「はいはい」
「いくらですか?」
立ち上がって、レジへと進む。
また外へ出て、走り出せば…間に合うから。
「ありがとうございました」
頭を下げてくれた女性の店員さんににっこりと笑って、頭を下げ返して。
店を出る。
「さて、次は」
進行方向を見て、一歩を踏み出す。
買い物が終われば、バイト。
バイトが終われば、そのあとこそが忙しい。
人にぶつからないように気を付けながら、僕は走って。
わずかな時間の買い物をし続けていた。
「じゃ、お先失礼します!」
店のノブに手をかけて、僕はそう発した。
帰り道も走るつもりでいたし。
何より、彼に捕まると、ちょっと大変かもしれない、と思うから。
扉を開けて、出て、閉めて。
注意深く隣りのスタジオの方を振り返れば、まだ彼の姿はなかった。
頑張ってるんだろうな…。
そこから空へと視線を移す。
今日も星が綺麗だ。
そんなことを考えながら、帰り道を見据えた。
よし、僕も頑張らないとね!
「さて、行くか!」
足を踏み出して駆け出して。
暗い道でもかまわずに走って。
白く吐き出された息に笑みを浮かべる。
って、そんなことをしてる場合じゃない!
キッと目の前を睨むように見て。
走る速度を上げる。
街灯はあるけれど、夜は暗い。
暗いのが当たり前の夜。
その中を走り抜けて、家へと急ぐ。
頬に当たる風は冷たかったけれど、かまわずに走って、家へと辿り着く。
鍵を回して、扉を開けて。
中へと入って「ただいま!」と発して。
リビングを覗いた。
「尽?」
「いるよ! 早く着替えてこいって!」
「ごめん」
肩で息をしながら短く紡いで、二階へと階段を駆け上がる。
バタバタと用意をして、買ってきたものを掴んで。
部屋を出て、階段を駆け降りた。
「尽、チョコ、溶かしといて」
「…何かいっぱい……」
「種類違うから、ボール変えてね」
母親が出してくれた夕食に箸を付けながら、僕は一気に捲し立てた。
「焦らないでも大丈夫よ」
「睡眠時間、出来るだけ削りたくないんだもん」
「だからって、弟に手伝わせるかなー」
「あんたは全種類食べられるんだから、いいでしょ?」
「やっぱり、一つ一つ違うのにするの?」
「うん! お母さんはいいからね、手伝わなくて。お父さんにって作ったんでしょう?」
「昼間ね」
「だからいいよ」
食事を進めながら、尽の手元を見て。
口に食べ物を運びながら、指示を出す。
食事を終えて、洗い物を母親に任せて。
前に買ってきていたものをテーブルの上に並べた。
いろんな形のクッキー型。
これで代用できるから。
「さて、頑張りますかー」
腕を巻くって、手を伸ばす。
耳に母親の笑い声がわずかに入って。
ふっと、笑みを零した。
タンタンッと階段を上る。
左手に紙袋を提げて、右手は手摺りに掛けながら。
そして、扉の前に見えた人影に、にっこりと微笑む。
外寒いから、ここだと思ったんだよね。
残りを一気に駆け上がって。
「みーっけ!」
寝転がっていたその人物を上から見下ろして、僕は笑った。
「おまえ……」
「おまえじゃなくて、玲ちゃん。はい、言って」
「………」
「呆れないでよ。冗談なんだから」
彼が起き上がって。
僕は一段下のところへ腰掛けた。
「で?」
「ん?」
「何か用だったんだろ?」
「ああ、そうそう。はい」
「………」
差し出されたものに、彼は眉を寄せる。
「袋ごと受け取って。持って帰るの面倒臭いから」
「何だ、それ」
文句を言いつつも、彼は手を出してくれて。
その手に、袋をポスッと乗せた。
「朝から駆け回ったんだから、本当に」
僕の言葉を聞きながら、彼は紙袋を持ち直し、中のものを取り出す。
ちょっと嬉しそうなのが、僕にとっては嬉しくて。
「あ、今日が何の日かは知ってるよね?」
「この前からおまえが言ってた」
「だって、絶対忘れてると思ったから…。でも、そのおかげで楽しみにしてた?」
「ああ、結構」
「よろしい」
それでこそ、報われるってもの!
胸を張って、僕はラッピングが解かれるその音を聞く。
反応にわくわくしながら、それを見ると、彼は箱の蓋を開けたところで固まっていた。
「ど? 我ながらね、うまく出来たと思ったんだ」
「………」
「葉月くん、甘いの苦手そうだったから、クッキーにしたの。しかもね、なんと!
砂糖0なんだよ? といっても、プレーンの部分だけね。僕ね、クッキー作る時、ほとんど砂糖って使わないから、平気だと思うんだけど。でも、ちょっと甘いと思うんだよねー。何でかよくわかんないんだけどさ。尽は全然甘くないって煩いんだけど。僕さ、砂糖の甘さって好きじゃないから、ちょうどいいんだけどね」
「田端」
「ん? 何?」
「これ…俺?」
「そう。葉月くん」
にっこり笑って、僕は少し、身体を彼の方へと向けた。
「目の部分は、さすがにチョコ使ったから、ちょっと甘いかもしれないけど。それぐらいは我慢してよね?」
「ああ」
「あまりでね、猫作ったの。と言っても、猫型が売っててさ、可愛かったから使っただけなんだけど」
「食べられないな」
「ダメです! 食べてもらうために作ったんだから。みんなそんな反応するんだもん。面白くないよねー」
「……皆?」
「みんな」
声がわずかに低くなったのに気づかないふりをして、僕は言葉を紡いでいく。
彼の独占欲はかなり深い。
一気に友達に昇格した僕にさえ、それを見せるんだから。
手を広げて、指を一つずつ折りながら。
僕は朝からのことを思い出していた。
「まずね、ニィやんと和馬。二人にはね、ナッツ入りのチョコにしたんだ。ほら、よく噛むと頭にいいとか言うじゃん?
あの二人には気休めかもしれないけど、いいかなーって思って。でも、量は少な目。理由は簡単。ニィやんは女の子に人気あるし、和馬は部活が終われば、タマちゃんお手製のチョコを差し入れにもらえるだろうからね。僕からもらうのは少なくてもいいかなって」
「………」
「次ね、守村くん。彼、園芸部だし、花好きそうだから、花びらを砂糖漬けにして、チョコの上に浮かべて固めてみたんだ。あれはね、自分でも可愛く出来たなって思った。ついでに、これからも勉強教えてねって言ってきてみたりしたけど」
「……で?」
「三原くんにはね、考えちゃったんだよね、これが。でもね、チョコって、甘さによって色がほんのすこーし違うの。だからね、完全に混ぜ合わせない状態で、マーブル状にして固めてみたんだ。型はありきたりにハートで」
「………」
「で、あと氷室先生」
「あいつにも?」
「担任だし、お世話になってるからね。受け取ってはもらえなかったけど」
「…そうか」
「言われた通り、職員室のに入れてきたけど。必死になって探したんだよ?
音符の型。吹奏楽部の顧問だし、いいかなーって思ってさ」
「そうか」
「そう。それを昨日、バイトが終わったあと、頑張って作ったんだよ?
あ、昨日ごめんね? チョコだけは当日買おうと思ってたからさ。いろんなお店、はしごする気でいたから、付き合わせるわけにはいかなかったんだよね」
ごめんね、と頭を下げる僕に彼は苦笑を零して。
頭の上に手を置いてくれた。
体温が低い彼の手は、少し冷たいけれど。
その行為自体は暖かくて。
次に紡がれる言葉は、容易に予測できた。
「べつにいい」
暖かな言葉。
それに……ほっとして。
「あ、もしかして、バイト終わったあとも、店、覗いてくれたりした?」
「した」
「ごめん! 昨日はさっさと家に帰りました!
尽に手伝ってもらう予定だったしさ、あんまり遅くなるとマズイなーって」
「そうか」
「うん。でもね、寝たの今日になってからなんだ。ある程度出来たところで、寝かせちゃったからさ、尽。固めてる間に片付けてたんだけど、やっぱり気になっちゃうじゃない?
それと同時にクッキー焼いたりしてさ。ちゃんと固まってるかな?
ちゃんと焼けてるかな? 焦げてないかな?って、台所うろうろしちゃってさ」
その光景が目に浮かぶのかもしれない。
彼はくすくすと笑いはじめて。
「で、ラッピングするの面倒臭くなって、みんな箱のまま。シンプルが一番いいって言うし」
「そういうもんか?」
「いいんです! 見た目じゃなくて、要は味!」
言い終えて、ちらりと腕の時計に目を落とす。
昼休みは、あと十分ほどで終わる。
「ちなみに、葉月くん」
「ん?」
まだ笑っている彼に、小さくため息。
いいんだ、別に。
「午後、授業どうするの?」
「ああ…出るの面倒くさいな」
「言うと思った! んじゃ、僕も、ここでサボらせてもらいます」
「………」
「もう、ものすごく眠いんだもん! 何か午前中、張り切って授業受けちゃったし」
それに、理由はもう一つ。
「あと、葉月くんがちゃんと食べてくれるか、心配だし」
「ちゃんと食べる」
「じゃ、食べて」
「今か?」
「今! じゃなきゃ、意味ないじゃん」
「………」
「玲ちゃんの感謝の気持ちがいーっぱいこもってるんだから、それが消えないうちに食べてください」
「何だそれ」
「つべこべ言わずに食べればいいの!」
あ、また笑われた。
全く…僕ってば、ずっと彼に笑われてばかりいる。
いいけどさ、別に。
そんなことを思っていると、予鈴が鳴った。
下の階で、人が動く気配がたくさんしてる。
やっぱ、言わなきゃわからないか。
小さく、小さくため息。
「――なっちんやタマちゃん、有沢さんとか、瑞希さんにもあげたんだけど」
女友達にあげたのは、チョコがあまったからって、それをクッキーにコーティングしただけのもの。
量はそんなに出来なかったんだけど、ばらまくようにして、あげてきた。
「彼女たちは、すぐに口にしてくれたの。おいしいって感想付きで」
「……」
一口食べて、笑って。
おいしいって言ってくれた時、嬉しかった。
自分が彼女に笑顔を作らせてるんだって、嬉しかった。
「でもね、男の子たち、みんな、あとで食べるって、そればっかり。受け取るだけじゃ、意味ないんだけどな」
「そうか?」
返答に、僕は肩を落とす。
何で、こう…ま、いいけど。
「…あのね、好きな人にあげる物なら、受け取ってもらえるだけでも嬉しいよ?
でもね、僕は友達でしょうが! 受け取ってくれただけじゃ、つまらないわけ!」
「そういうことか」
「そういうことです。だから食べて。で、感想言って。三文字以内で」
「おまえ……」
「可能でしょ?」
にっこり笑って、促してみる。
「………」
早く!
動かない彼に焦れて、僕は口だけをそう動かした。
本鈴が鳴る。
五時間目、何だったっけ?
数学じゃなかったことだけは…確かなんだけど。
考えていたら、目の前に猫型のクッキーが差し出された。
「ん?」
「俺ひとりじゃ、嫌だから」
「何だそれ?」
「いいから」
「はいはい。じゃ、もらいます」
笑って、手に取って、二人一緒に口に運んでみたりする。
「感想は?」
彼のそばの箱の中。
それを狙いつつ、聞いてみる。
「ああ、美味い」
「よろしい。じゃ、もう一個……」
手を伸ばしたところで、箱は取り上げられて。
僕は彼を睨む。
「いいじゃん! もう一個ぐらい!」
「そう言って、いくつもらう気だ?」
「……さぁ?」
「…………」
やっぱダメか。
舌打ちして。
持ってきたもう一つの袋に手を伸ばした。
彼が興味深く、それに視線を注いでるのがわかる。
「何?」
「何だ?」
「残りだよ。箱に入り切らなかったやつ。みんなに配った分の」
「………」
振り返れば、彼は無言で。
僕は笑う。
「わかったよ。分ければいいんでしょ?」
笑いながら、袋を開けて。
プラスチックのケースを取り出して。
「交換ね」
「……ああ」
「嘘だよ、いいよ」
こうなる気がしていたから、中身は二つずつあったりして。
蓋を開けて、彼にあげた箱の中に、一つずつ入れていく。
「綺麗だな」
「でしょー? 食べちゃっていいからね、全部。持って帰っても、尽に取られるだけなんだから」
といっても、あいつもいくつもらってくるかわからないんだけど。
それでも、「あまったらもらうからー」なんて、家を出る時に僕に言ってたっけ。
「あ、これ美味い」
守村くんにあげたチョコを食べて、彼は言う。
「甘くない?」
「まぁ、ちょっと」
「何か、飲み物持ってくればよかったね?
こういう時は苦い飲み物がいいんだけど。口の中甘いから、口直しにって」
さすがに校内をうろつくのは気が引けるから、言うだけに留めておくけど。
「でも、それが気に入ったんなら、来年はそれかな。何なら、中にジャムとか…って、かなり甘いか」
顎に手を当てて考えて。
そんな僕を横目に見つつ、彼は食べ続けてる。
「来年は、飲み物も一緒に渡した方がよさそうだね」
笑いながら、僕もチョコを手にして。
来年のために――と、今日のことをインプットしていく。
今日だけで、勇気を出せた女の子は何人いるんだろう。
なんて。
そんなことを考えながら。
でもま、縁のない話だとは思うけどさー。
とか、どうでもいい、感想を抱きながら。
ほんの少しの肌寒さを感じながら。
僕は彼と笑いあっていた。
END
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