君が紡ぐと、なぜか特別。



とくべつ




騒がしい廊下を、彼はゆっくりと歩く。
時折零れる欠伸を、とりあえず手で覆い隠しながら。
肩から提げた鞄は、差して重くもなくて。
とりあえずもう一つ、欠伸を外へと追い出した。
注がれる視線には、もう慣れて。
控えめに紡がれるそれは、どこか記号のようなものにしか聞こえなくて。
自分のことではないのだと、なぜかそう…考えてしまうほどで。
廊下を抜ける。
予鈴が響く。
本鈴が鳴るまでの間には辿り着けるな、とぼんやり考えながら、階段を上がった。
横を摺り抜けていく生徒たちは、みんな急いでいる。
駆け上がっていく人間が多い中、彼はゆっくりと、歩を進め続ける。
ちらと腕時計に目をやって。
時間を確認してから、最後の段を上がり切って。
ほとんどもう、生徒の姿のないその廊下を歩いていく。
閉められたドアに手をかけて。
開ける。
まだ席に着いていない生徒が多い。
ドアを閉めて、立ち止まることなくそれを確認して。
その席へと視線を滑らせる。
嬉しそうににっこり笑った顔が、すぐに瞳に飛び込んできて。
柔らかな視線は、彼が席に辿り着くまで――続いて。
あ、今日もたぶん……。
なんて思い始める。
その通り、「起立!」という声が響いた瞬間、彼女は慌てたように立ち上がった。
その姿を見て。
彼は窓際、一番後ろの席で、誰にも見られないようにと、微笑を零した。

「おはよう、葉月くん」
SHR直後の教室で、そう声をかけられて。
何をするでもなく、ただ呆然と眺めていた外から、目の前の席へ腰を落ち着けた彼女へと、彼は視線の先を映した。
「ああ…、おはよう」
「今日もギリギリだったね?」
「起きるの…遅かったから」
「疲れてる?
お仕事、大変?」
「そうでも……ないんじゃないか?」
「そっか…。寝るの、好き?」
「ああ」
「わかるよ。わたしも好き。時々ね、学校なかったらいいなーって思う時、あるもん」
「ああ。俺も思う」
「ふふ。でもね、やっぱり学校行かなくちゃって思うんだ」
「どうして?」
「だって、学校に来れば、友達に会えるでしょう?
勉強はちょっと厄介だけど、友達には会いたいから」
「……そうか」
「葉月くんだって、そうじゃない?
学校に会いたい人、いない?」
少し首を傾げて、彼女は彼の顔を覗き込む。
会いたい人、と言われて、咄嗟に思い浮かんだのは……目の前の姿と、その名前。
けれど、それは口にはせずに、彼は「さあな」と、小さく答えた。
「ふぅん…。わたしはね、いっぱいいるよ?」
「おまえ、友達多いもんな」
「うん!
それにね、葉月くんにも会えるし」
「………」
一瞬、彼は言葉に詰まる。
それに気づかずに、彼女は言葉を紡ぎ続ける。
「ずっと後ろのドア見てるんだ。予鈴鳴ってから」
「…どうして?」
「葉月くん、今日来るかなー?
来ないかなー? って」
だから、そんなに深い意味はないのだと、自分に言い聞かせて、彼は彼女の次の言葉を待って。
「だってやっぱり、会えない人がいると、淋しいしね」
くすくす笑って、彼女は立ち上がる。
その姿を見て、彼は突いていた頬杖を解いた。
「ごめんね?
何か…考え事してた?」
「べつに、してない」
「ならいいんだけど。それじゃ、わたし、行くね?」
小さく手を振って。
彼女はやってきた友達の元へと走っていく。
その後ろ姿に、小さく息を吐いて。
彼は机に突っ伏した。



彼女の口から紡がれる自分の名前は、とても特別なもののように聞こえて。
決して、記号のようなものではなくて。
それが自分の名前なのだと、再確認させられるようで。
できることなら下の名前で呼んでほしいと、本気で願っている。
「……ん、葉月くん、次、移動だよ?」
「ん?
あ、ああ……」
呼びかけと、軽く揺すってくれる、暖かい手。
それに眠っていたらしいことに気づいて、身体を起こす。
ごめんね、と謝ってくる彼女に、悪いのは俺だから、と断りを入れて。
次の授業が何だったかを思い出そうとして、椅子を引いた。
「東雲、次……」
「音楽」
「ああ、そうか」
「何かね、音楽鑑賞みたいだから、寝てても平気じゃないかな?」
「そうなのか?」
「うん。この前の授業の時に、先生が言ってたから。軽く感想は書いてもらうけどって」
「感想……」
「大丈夫だよ。最初の方聞いて、それで感想書いたって、バレないんだし」
みんな寝る!
って、騒いでたしね。
加えた彼女は、微笑んでいて。
それにつられるようにして、彼も微笑を浮かべる。
彼女も自分と同じだといい。
わずかにそう、考えて。
それでも、そこから踏み出せない自分が存在していることも――やっぱり。
確かで。
「行こう、葉月くん。次の授業が終わったら、お昼だしね!」
もうそんな時間か、と思いながら、頷いて。

君が紡いでくれる自分の名前を。
やっぱり今日も、特別だなんて思いながら。
聞き漏らさないようにと無意識に気を使っていたりする。

END

 

 

名前…。
何か、ときめく前の状態のばっかり書いてるよ、この頃のわたし!
……と、突っ込んでみたりして。
いえね、樹が一番好きな王子は、友好状態の彼なもので。
女の子扱いしなくてもいいから、いっぱい話して!
っていう、ヤツですから、樹は。

でも次はできればほのぼので、甘いやつを書きたいにゃー…。

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