その場所で足を止めたのは
先に 足を止めたのは
やはり……彼女で

手を握って
頭を撫でて

そうして にっこりと笑う

その姿に
俺はふっと
笑みを浮かべた



gardenia




たくさんの店が入っている、ビルの中。
そこを、ただただ、当てもなく歩いていたのだけれど。
彼女の足が止まったことで、一歩進んでしまった場所で、俺は足を止めた。
繋げていた手が、離れることはなかったけれど。
俺と彼女の間には、人一人が通れそうな距離ができてしまって。
俺は慌てて、彼女のそばまで、戻る。
「どうした?」
「…珪くん」
「ん?」
「ここ…入ってもいい?」
指を差されたその店を、瞳に映せば。
視界の端で、彼女は首を傾げていた。
わずかに。
「手作り人形…?」
「ぬいぐるみのお店。一回、入ってみたかったんだけど……」
ダメ?
上目遣いで、彼女に問われて。
俺に、否を紡げるはずも、なくて。
繋がっている手を引っ張って。
中へと、足を踏み入れる。
そこは、考えていた通りの空間で。
俺は小さく、息を吐いた。
それに気づいていないらしく、彼女は俺の手を離れて、棚へと歩いていって。
大きなぬいぐるみに触れて、笑って。
「優菜?」
「かわいいね?」
それが、素直な感想なんだろうことは。
彼女の表情が、明確に語っていて。
俺は小さく、苦笑を零す。
彼女に、知られないように。
「ほしいのか?」
「うーん…ただ、そう思っただけ」
「?」
「ほしいなーっていうのは、思ってないの。ただ、かわいいなーって」
「…ああ」
わかったことを伝えれば。
彼女は嬉しそうに笑みを浮かべて。
また、棚へと目を向ける。
べつのぬいぐるみの手を取って。
小さな子供と握手をするみたいに、取って。
振って。
そうしながら、進んでいく。
そのあとを追いながら、俺も、目を向けて。
ほしいのかも、しれないな。
なんて、思っていた。
…ら。
彼女がにわかに、それを棚から取り出して。
手を操ってから、その背中に手を回して。
ぎゅっと、抱き締める。
そうしてから、また離れて。
片手で抱きながら、彼女は頭を撫でた。
そのあとで、俺に気づいて。
にっこりと笑う。
けれどすぐに、彼女の瞳は。
手の中のぬいぐるみへと向けられた。
その表情は、本当に嬉しそうで。
「………」
それを持ったまま、歩き出そうとした彼女を見て、目を細める。
こんな思いを抱いたって、むだなことはわかり切っている。
むだと言うより、際限がない。
そんなこと、わかり切っているのに。
小さく息を吐いて。
それでも俺は、彼女の手から、それを取る。
まるで、奪うように。
そのことに、彼女の目が、大きく見開かれても、かまわずに。
元の棚へと戻すと、彼女の手を取って、店を出た。
「珪くん? どうしたの?」
「…べつに」
「珪くん?」
「………」
言えるわけがない。
俺よりも。
俺に向けられた笑顔よりも。
あのぬいぐるみに向けられた笑顔の方が、嬉しそうだったから。
…なんてこと。
あのぬいぐるみに嫉妬したんだ、なんてこと。
言えるわけが、ない。
彼女があのぬいぐるみを買って帰ったら。
もしまた、彼女の部屋に足を踏み入れた、その時に。
彼女はきっと、ぬいぐるみを腕に抱くだろうから。
そうすれば、彼女はまた。
俺に向けるのよりも、上の笑顔を、あれに向けて。
俺はまた、同じような思いを、この胸に抱いてしまうだろうから。
それが嫌なんだ、なんてこと。
言えるわけが――ない。
それでも、彼女に何も言わずに、出てきてしまったから。
そのことだけは、謝ろうと、足を止めた。
少し足早に歩いてしまっていたから。
彼女はわずかに、肩で息をしていて。
それを見た瞬間。
「悪い…」
という、その言葉が、口をついていた。
「…珪くん」
「悪かったな」
「どうして、急に、お店出ちゃったの?」
「………」
「珪くん?」
言えなくて。
言えるはずが、なくて。
また、悪い、と曖昧に綴る。
それから、一歩を踏み出して。
でも、歩かせてはもらえなくて。
俺は、彼女に瞳を映した。
「優菜…」
「答えて、珪くん」
「………」
怒っているような、そんな表情の彼女は。
久々に見たな、と、俺はそんな風に、心の中で感想を述べて。
それでも、視線を逸らして、小さく、息を吐いた。
ぎゅっと握られる、手の暖かさは、嬉しくて。
「おまえが……」
そう、口にしてしまったのだけれど。
「わたしが、なぁに?」
「…何でもない」
結局、届けることはできなくて。
俺は、有無を言わせず、前へと歩を進めはじめる。
「珪くん、ぬいぐるみとか、嫌い?」
「そういうわけじゃ…ない」
「?」
「でも、あれは、嫌だ」
「……?」
小首を傾げながら、彼女はついてきてくれて。
今度、彼女があの店に入ったとしても。
あのぬいぐるみだけは、買わないでほしい、なんて。
俺は小さく、願っていた。

END

 

二周年SS、オフィシャル主人公ver.です。
たかがぬいぐるみに嫉妬しちゃう珪くんが、何だか可愛く思えてしまったり。

二周年記念で、フリー配布してました。
今は終了しております。

独占欲の強い彼は、大好きです!(断言)

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