ほんの少し
もう少しだけ

距離を 縮めたいと思った

この人のことを もう少しだけ
知りたい

そう 思った




flaw 2





「剣之助、どこ行くんだよ?」
家から持ってきた、小さなバッグを手にして。
教室を出ようとしたら、友達から、そう声をかけられた。
多分、コイツはいつものところだろう。
思いつつ。
「購買寄って、数学教諭室」
そう、素直に答えれば。
深水は、大きな瞳をますます大きく見開く。
眉根を少しだけ、寄せれば。
「…呼び出し?」
そんな、言葉。
「違う」
「なぁーんだ。数学教諭室って言うと、鳥川先生のとこでしょ? となると、また何かやったのかなーって」
息を吐いて。
そのあとで、後頭部を掻く。
こういう時、同じクラスっていうのは、少しだけ不便だと、思う。
言わなければよかったのかもしれないけれど。
言わないと、コイツはずっと、食い下がってくるし。
「深水は桜川先輩のとこだろ?」
「うん!」
先輩の名前を出せば、深水はにっこりと笑って。
手に持っていたバッグを、抱きかかえた。
それに、小さく笑って、教室を出るために、足を動かしはじめる。
廊下に出れば、付いてきていた深水が、隣りに立って。
「鳥川先生ってさ。ボクたちのクラスしか受け持ってないんだよね?」
「…みたいだな」
「何でかなぁ? 別にいいんだけど」
「いろいろあるんじゃねぇの?」
「………」
「?」
「先生の彼氏って……亡くなったのかな…?」
声のトーンを、少しだけ落として。
深水は言う。
あの日の、先生の言葉とか、態度とか。
表情とか。
そういったものを、思い出した所為かもしれなくて。
「…多分な」
俺は、それしか言えなくて。
すっと、俯き気味だった視線を、前方へと向け直した。

深水と別れて。
購買で、パンを買い込んで。
少し煩くも感じる廊下を、まっすぐに進む。
階段を下りれば、その声は遠くなって。
その扉の前に立つ頃には、静かになっていたのに。
「バカか!?」
そんな声が、扉の向こうから聞こえた。
「………」
叩こうと思ってあげた手は、そこから動かせなくなって。
俺はただ、踵を返すこともできないまま、そこにい続けるだけ。
「煩い」
「悪いのはおまえだろうが!」
「そんなに大声出さなくても聞こえてる」
「……柊」
「仕方ないでしょ? 食欲…ないんだから」
静かな廊下に。
しっかりとは聞こえないけれど。
そう、何となくでも聞こえたセリフに。
俺は喉を、動かして。
「いつからだ?」
「これでも、前よりは食べられてるの」
「…いつからだ?」
「………」
「恋人がいなくなってからか?」
「………」
視線が下を向く。
俺の知らない先生が、この中にはいる。
知りたいけれど、入っていく勇気が、俺にはなくて。
「…食べられるようには、なったんだもん」
「今日、気分が悪くなったのは、これの所為でもあるわけか」
「……だから嫌だって言ったのに」
「柊」
「いいから。大丈夫だから。とりあえず今日は終了!」
そんな言葉が響いた瞬間。
ガラッと扉が開いた。
俺は驚きで、顔を上げたけど、目を見開くことしかできなくて。
目の前にいたのは、先生で。
「橘……」
俺を呼んだのは、男の先生の方。
そんな彼の背中を押して、廊下に出して。
彼女は、名前を呼ばれていたのに、無視をして。
代わりのように、俺の手を取って、中へと入れてくれて。
扉を閉めて。
すぐに、鍵をかけた。
廊下で響く、声に。
無視を決め込んで。
「…何か…………聞いてたよね?」
きっと、「何か用か」と。
そう、聞きたかったんだろうけれど。
すぐに、彼女は微苦笑を浮かべて。
そう、言い直した。
それに、躊躇いがちに、頷きを返して。
机の上に、視線を向ければ。
そこには小さな、弁当箱が置いてあって。
弁当箱――と、言っていいのかどうかも、わからないほどに、小さなものだったけど。
言い表すなら、幼児用の、弁当箱。
むしろ、それよりも小さいかもしれない。
「…昼……スか?」
「……うん」
ちょこんと置かれたそれに、手を伸ばして。
彼女は触れる。
廊下は、いつの間にか静かになっていて。
俺は小さく、息を吐く。
「…ケーキ、持ってきたんスけど」
「用って、それ?」
「…っス」
持っていた小さなバッグから。
彼女の弁当箱よりも、大きな箱を取り出して。
机の上に、置けば。
「そっちに置いて。一緒に食べよう?」
笑みと共に、そう言われる。
調子が狂うのは、きっと。
俺が知らなかった、彼女の一面を。
今、見せられているからで。
それでも、言われた通りに、低いテーブルの方に置けば。
「ソファに座る!」
そんな言葉で、肩を押されて。
無理矢理、ソファに座らされた。
と、隣りに彼女が座って。
小さな弁当箱が、ケーキの箱のそばに、置かれる。
「無理に食わなくても……」
「ううん。橘のはおいしいから、食べられるよ」
……調子が狂う。
棘がまったくなくて。
どう触れればいいのか、わからない。
先生と思えない。
やわらかくて。
別の人間のようにさえ、感じられて。
戸惑いばかりが、広がって。
「……ごめんね?」
考えていれば、急に、そんな謝罪の言葉。
彼女の方を向けば、申し訳なさそうな表情が、そこにはあって。
「…何がっスか?」
「だって……今、混乱してる、でしょう?」
「………まぁ」
「だから」
「………」
「生徒の前では、一生懸命、『先生』やろうと思って。気を張ってて……」
「………」
「だって、こんなだったら、やっぱりなめられちゃうでしょ?」
苦笑に、何も言えなくなる。
確かにそうだ。
今の彼女が、そのまま、生徒の前に立ったら。
『先生』と、見られない可能性の方が、高い。
俺が今、そう思っていないように。
「でも、橘には知られちゃったから。ほかの子がいない時は、元に戻ることにするよ」
弁当箱の蓋を開けて。
そうしながら、彼女は綴る。
彼女を見て、驚いている俺は、放ったままで。
彼女はフォークを握って。
いただきます、なんて。
発してて。
…嬉しい、なんて。
どうして思っているのか。
俺はわからなくて、まだ混乱してて。
「橘?」
「な、何スか?」
「お昼…終わっちゃうよ? 食べないと」
気を抜くと、顔に血が上りそうで、怖くて。
どうしたらいいのか、わからなくて。
それでも、彼女の視線から逃れるように。
パンの袋の口を、開けた。

END

 

結局こうなる(苦笑)。
どっちに転んでも、樹的にはいいです。
今そんな気持ちでいたりして。

彼のうろたえる姿が、可愛くて好きです…v

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