確かに、来てもいいとは言われたけれど。
やっぱりどこかで遠慮していたんだと思う。
だって俺は……他人だから。
effort
下校途中に喫茶店へと寄って。
そこを出たその時に、彼女が声を上げた。
あっ、と…一言。
「どうした?」
問えば、彼女は彼の顔を見上げて。
「お母さんに買い物頼まれてたの、すっかり忘れてた……」
なんて零して。
口元に固めた手を当てた。
どうしよう、と心配しはじめた彼女に、まだ間に合うだろ? と言えば。
彼女はコクンと頷いて。
「今日は土曜日なんだし、まだ三時だしな」
「だよ……ね?」
「ああ」
ほっと息を吐いて、彼女は歩きはじめる。
その隣りへと付いて、彼もまた、歩を進めて。
「今日はどうする?」
彼女に聞かれるのも、何度目かわからない問い。
それに少し考えていると、彼女は彼の顔を覗き込んだ。
「珪くん」
「おばさん…何か言ってるか?」
「全然来てくれないって、泣き真似してたよ? お父さんに」
「………」
「かと思うと、反抗期なのかしらって考え込んで」
「…………」
「嫌ならそう言って? お母さんもその方が諦めつくし。ね?」
畳みかけられても、何も言えずに、彼は眉根を寄せるだけで。
自分はどうしたらいいのか、と考え込むばかりで。
一週間に一度は顔を見せに来いと言われているから、彼女を送るついでに、家にお邪魔してみたりもしているけれど。
食卓を囲んだのは、本当に数える程度。
その約束を交わしてから、もう二ヶ月も経っているのに。
「携帯の番号教えなさいって言われたから、教えちゃった」
「………」
「そのうちかかってくるかもね。お母さん、決めたら即実行って人だから」
くすくす笑って、彼女は話し続ける。
足を踏み入れたスーパーマーケットでも、彼女はその話を続けていた。
頼まれたものと、スポーツドリンクを手に取って。
レジへと並んでも。
「お父さんもね、帰ってくると言うんだよ? 今日もいないのかーって」
「けど……」
「けど?」
「慣れてないんだ、俺。そういうの」
告げれば、彼女はきょとんとしていて。
それから、何かを考え出して。
「慣れてないの?」
「ああ。大勢で一緒に、っていうの……」
「だから、みんなで出かけても、一歩引いちゃうの?」
「…ああ」
素直な問いかけに、素直に頷きを返す。
と、彼女はくすくすと笑い出した。
名を呼んで、どうしたのかと問えば。
「じゃあ、慣れようよ」
「慣れようって……」
「わたしは平気? 一緒にご飯食べてても、あんまり文句言われないよね?」
言ったことなんかない。
思いつつ、短く肯定の言葉を返して。
「それに、この前、はばたき山にみんなで行った時も、何も言わなかったよね?」
「あれは…そうするしかなかっただろ?」
「どうして?」
「どうしてって……」
「本当は嫌だったの? なら、そう言えばよかったんだよ。お母さんもお父さんも、無理強いは絶対にしないよ?」
「………」
首を傾げられて、彼は黙り込むほかはなくて。
彼女の両親なのだから、いい印象を与えておきたかったというのが本音なのだけれど。
その日一日で、悪い人ではないということも知ったし。
だからと言って、そう言えるわけもなくて。
「わたしの家族、嫌?」
「そういうわけじゃない」
「ただ、慣れてないだけ?」
「ああ」
「嫌じゃないなら、がんばろう? 珪くん、好き嫌い減ったんだし、大丈夫だと思うけど?」
「………」
「苦手だって思い続けてるから、苦手なんじゃないのかな? 楽しい部分とか見つけないと、きっとこのままだよ? それでもいいの? 珪くんは」
「……だめなのか? それじゃ」
「…わかんない、けど……」
わたしは、それじゃ悲しいと思う……。
と、彼女は綴って。
彼は短く、息を吐いた。
それがいいのか悪いのかは、わからない。
きっと、誰にも。
けれど、彼女が今言ったように、確かに悲しくはあるかもしれない。
そんなことを考えていると、彼の携帯が音を発した。
「悪い」
「ううん」
レジに並んでいる彼女から離れて、携帯を取り出して。
映し出された番号を見ても、見慣れないもので。
彼は深く、眉根を寄せた。
また、どこで知ったかしらないけれど、ファンだとか言われたら、嫌だな、とか。
思いながら。
「……もしもし」
と、声を発した。
聞こえてきたのは――彼女に似た声。
『あ、珪?』
「! おばさん…?」
『よかった。優菜が嘘を教えたんじゃないかって思っちゃってたから。尽に確認取ろうと思ったんだけど、遊びに行かれちゃってね』
「………」
電話の向こうは彼女の母親。
嬉しそうな声が、直接耳へと届けられる。
それにも慣れてなかったんだな、と彼は再認識していたのだけれど。
『優菜は?』
問いかけられて、彼は彼女を振り返る。
財布を探っている、その姿。
「レジ。今、スーパーに来てて」
『買い物頼んだものね。じゃあ、今日はそのまま帰ってくるわね、あの子。夏だから、食材傷めるの、嫌がる子だから』
「………」
『珪も来なさいね』
「いや、俺は……」
『来なさいね?』
強く言われて、彼は黙る。
『どうせ送ってくれるつもりなんでしょう?』
「それは……」
『ひとりに慣れる、なんてことはないのよ? そりゃ、私たちはあなたのご両親とは違うかもしれないけれど。だから甘えられないっていうのも、わかるけれどね』
「そんなんじゃない」
『でも、現にあなたは家にはあまり来てくれない。甘えられてないなって、そう思っちゃうのよ』
「………」
『甘えること、忘れちゃった?』
「…かも、しれない」
『じゃ、なおさらね。素直になりにいらっしゃい。あの人も待ってるから』
そばにやってきた彼女は、どうしたの? と、見上げてきて。
それには小さく視線を投げただけで、彼は視線を外す。
『遠慮しなければ、自然と甘えられるわよ。だから遠慮しないでって言っているの。敬語を使わないのが、まず第一歩。それはクリアできているんだから、大丈夫よ。次は嫌いなものは嫌い、好きなものは好きと言える勇気を持つこと』
「勇気…?」
『そうよ。だからいらっしゃい。みんなで待ってるからね』
その言葉を最後に、通話は切られて。
彼は耳から離しながら、深くため息を吐いた。
心配そうな彼女の顔に、「おばさんから」と短く伝えれば。
驚いたように、彼女は目を丸くして。
「お母さん?」
「ああ。今日必ず来るようにって」
「……ごめんね?」
「べつにいい」
「でも、本当にごめんね?」
彼女の性格は、きっと、父親似で。
彼女の弟は、母親似なんだろうと思う。
弟の、押しが強いところは、彼女の母親そっくりで。
彼女の、すぐに謝罪の言葉を述べるところなどは、彼女の父親に酷似しているように思うから。
「いい。だから…行こう。おばさんも待ってるし」
「…うん」
戸惑いながらも頷いて。
彼が手を取って歩き出せば、彼女も同じように歩き出す。
嫌われてしまうかもしれないと、怖がるよりも。
嫌われるかもしれないけれど、自分自身を貫くのだという、その勇気を持つこと。
それを勧めてきたのだから、彼女の母親は嫌わないといっているのも同じことで。
それが意味するのはきっと。
彼女の母親は、彼の味方だということ。
「やっぱり俺、がんばるから」
「? うん……」
彼女の答えに微笑を浮かべて。
彼は歩く。
彼女の味方は、きっと、自分の味方でもあるから。
「あ、おばさんの番号、登録しておかないとな」
「っていうか、あんまり電話しないでって言っておくね?」
「どうして?」
「だって、迷惑でしょう?」
「そうでも…ない」
「………」
「笑ってるだろ? 俺」
「うん」
「嬉しいんだ、俺。だから、言わなくていい」
「うん!」
嬉しそうな笑みに、彼もますます笑顔を濃くして。
二人で、彼女の家へと道を急いでいた。
END
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