| 辛いのが嫌い 苦いのも 嫌い
逆に 甘いのは大好き
だからそれも
そのままでは飲めないんです
大事なこと
ドアが開いて、お客さんが来たことを教えてくれる。
いらっしゃいませー、なんて言葉を発して。
手を動かし続けてた。
テーブルの上にあったものをトレイに乗せて。
布巾でテーブルを拭く。
椅子が曲がっていたら、それも直して。
それから、お客さんが減ってきた店内を、トレイを持って、カウンターへと戻る。
と、そこには彼がいて。
僕は軽く、首を傾げた。
というのも、彼がいたのはカウンターの外じゃなくて、中だったから。
店長を見れば、別に困ったような表情は浮かべてなくて。
僕はとりあえず、カウンターの中へと入る。
トレイを傍らへと置いて。
一つずつ、シンクの中へ。
「何やってるの?」
「コーヒー」
「コーヒー? 煎れてるの?」
「ああ」
「何で? 店長にやってもらえばいいじゃん」
「俺のじゃないから」
「?」
眉根を寄せて、彼を見続けてたけど。
それでも、洗い物をしなきゃならなかったから。
僕は蛇口のレバーを下げた。
「すぐに終わるか?」
「終わらせてほしいなら、終わらせる」
「じゃあ、終わらせろ」
「……命令するし…」
呟きながら、頑張って。
早めにそれを終えた。
本当は、コップとカップの水滴を拭き取りたかったんだけど。
店長が休憩していいよって言ってくれたから、それはしなかった。
手を拭いたと同時に、目の前には彼の手。
というより――人差し指で。
「向こうのテーブルに座ってろ」
「またそうやって命令する……」
「コーヒー煎れてやるから」
「コーヒーよりも紅茶のが好き」
「ここはコーヒーが売りだろ?」
「そうだけど…」
「だから」
「じゃ、砂糖入れてね? あとミルク」
「…どれくらい?」
「ミルクは、たっぷり。砂糖はティースプーンで三杯」
「…入れすぎだろ」
「煩いなー。仕方ないでしょ? ブラックじゃ飲めないんだから」
「………」
何だかんだ言いながら、そこに居続ける。
どうせ食べるのは、ツナサンドでしょ?
そうやって、彼に確認取って。
店長に教えてもらいながら、彼の隣りで作って。
「僕は何食べようかなー」
彼の分を、言われたテーブルへと運びながら、考える。
けど。
「同じでいいだろ?」
カウンターから出てきた彼がそう言って。
それに僕は、ぷくっと頬を膨らませた。
「つまんないでしょうが」
「楽でいいだろ?」
「………」
「それとも、野菜サンドにするのか?」
「生野菜、あんまり好きじゃない…」
答えて、息を吐き出して。
店長を見れば、ずーっと、笑ってた。
「用意してあげるから」
そう言って、逃げてたけど。
「そう言えばおまえ。辛いのもだめなんだよな?」
「ダメだよ?」
聞かれて、答える。
彼は平気らしいけど。
僕はダメ。
食べられる人が。
おいしいと言う人が。
どうしても、信じられないし、理解できない。
「でもって、苦いのもだめなのか」
「…ダメだけど……。何が言いたいわけ?」
「……べつに?」
「………」
無言で、目の前で椅子を引いた彼を睨む。
同じように、椅子を引きながら。
「どうせ、子供だとか言うんでしょう?」
「…自分でわかってるんだな?」
「………」
どうせお子様ですよ!
そう言いたいけど、押え込んで。
僕はじっと、彼を睨み続ける。
椅子に座ってからも、なお。
「冷めるぞ」
指を差されて、僕はそっちへと目を向けた。
差されていたものはコーヒーで。
まだまだ湯気が出てて、熱そうで。
彼を見れば、自分で煎れたらしいモカを口に運んで、眉根を寄せてた。
「…あのさぁ」
「ん?」
「君って、猫っぽいけど、猫じゃないんだね」
「あたりまえだろ?」
「………」
「…田端?」
「僕やっぱ、猫なのかも……」
呟けば、彼は目を丸くして。
それから、笑ってた。
「熱いのもだめなのか?」
「…そうです」
答えれば、彼はなおも、笑う。
可笑しかったらしく、もう、本気で。
彼がこんなに笑うとこ、誰か見たことあるのかな…?
思いながら。
でも、そんなに笑わなくたっていいじゃん!
頬を膨らませた。
目の前に置かれたのは、彼と同じツナサンドで。
その時の店長も、笑ってた。
外灯が照らす道を、彼と二人で並んで歩く。
さすがに、息を吐き出しても、もう白くはなかった。
「あ、そだ」
思い出して、彼を見る。
彼はぼんやりとしていたのか、ほんの少し、眠たそうな顔をして。
それでも、僕を視界で捉えてくれた。
「どうした?」
「コーヒー。ありがとね?」
「…ああ」
「店長が煎れるのよりは、おいしくなかったけど」
「………」
「でもま、初にしては、なかなかなんじゃないですか?」
「……どうも」
くすくす笑いながら、彼の顔を見続ける。
おもしろくなさそうに、憮然とした顔。
彼もいろんな表情をするようになったよなぁ、なんて、僕は思ってた。
これがみんなの前で出来るようになったら、友達増えるかもね、とか。
そんなことも、考える。
「さてと」
彼から離れて、一歩、大きく踏み出して、僕はそこで、振り返る。
ここでいつも、別れるから。
「ではまた明日、学校で」
「…送る」
「? いや、いいよ。疲れてるっしょ?」
「いい。送る」
「…いいです」
「…田端」
「いっつも君、そう言ってくれるけど。眠そうだしさ」
「平気」
「そうじゃなくて」
「だって…、おまえだって一応、女だろ?」
言葉に、ぽかーんとしてしまう。
女って…女だけど。
その理由で、いつもそう言ってくれてたわけ?
僕は別の理由だと思ってたよ。
「どうした?」
「…いや、あの」
「?」
「葉月くんは、僕のこと。女の子として見てくれてたんだなーって」
「女だろ?」
「そうなんだけど……」
「だから、送る」
そう綴って、彼は僕がいつも足を向ける方に、歩き出す。
でもやっぱり、悪かったから。
僕は彼の腕を引っ張って、それを止めた。
「田端?」
「いいです。大丈夫です」
「…けど……」
「平気。走って帰るから」
「…わかった」
身体を向けてくれた彼にほっとして。
それから。
彼へと、顔を上げた。
「ありがとう」
「? ああ…」
急なお礼に、彼は戸惑ってみたいだったけど。
言いたかったから。
ずっと――女の子らしさなんて、ないと思ってた。
だから、自分で男の子っぽく、振る舞ってる部分もあった。
なのに、彼はちゃんと、女の子として、見ててくれた。
それが、単純に。
嬉しかったから。
「じゃ、明日。学校で」
「ああ」
歩き出して。
彼も歩き出して。
手を挙げれば、彼も手を挙げ返してくれて。
明日からは、ちょっとだけ。
ほんのちょっとだけでも、女の子らしくなってみようかな?
なんてことを。
彼の背中を見ながら、考えてた。
「とりあえず……、日曜日に、ピアスの穴、空けに行こうかな?」
小さく呟いて。
『わたし』は止めてしまっていた一歩を、踏み出した。
END
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