こんなに忙しいことって
はっきり言って 初めてかもしれない弟の苦労(?)がほんの少しだけ
わかったような気がする
まぁ 楽しいから
いいけどね
ココアと白いマシュマロと
結構早いと思う。
のに、数人は教室にいたりして。
体育館やグラウンドからも、人の声は聞こえる。
まず、体育館…かな?
この時間にいるはずのないわたしに向けられる視線を無視して、鞄を置いて。
考えながら、ゆっくりとした足取りで向かう。
えーと、どんな子だったっけ?
思い出しつつ、何も持っていない方の手を顎へと当てて。
確か…バスケ部の……。
「おっ、玲じゃねぇか」
聞き慣れた声に顔を上げる。
いつもの場所にバンソウコウを張ったその顔に、笑顔を向けた。
「おはよう、和馬」
「おう。で? おまえ、何でこんな朝早くに学校来てるんだ?」
質問に「ちょっとね」と曖昧に答える。
朝練は? と聞けば、今は休憩中らしい。
肩に掛けたタオルで顔を拭いながら、和馬はそう答えてくれた。
名字で呼んでいたはずの彼は、一年の秋、急にわたしのことを名前で呼ぶようになって。
どういう心境の変化かと構えていたら。
結局は。
自分と同じ、同性として見ているということがわかった。
扱いが雑だし。
女らしいことをすれば、「気持ち悪い」って言われるし。
だからわたしも、彼のことは男の子として見るのをやめた。
だから彼のことは、呼び捨てる。
まぁ、そんなことはどうでもいいんだけど。
「タマちゃんは?」
「紺野?」
「わたしがなぁに?」
和馬の向こうから声。
身体をわずかに傾けてみれば、捜している人物がそこにはいて、わたしはにっこりと笑う。
和馬に隠れちゃうんだ、タマちゃん。
本当に、小さくて可愛い。
「おはよう、タマちゃん」
「おはよう、玲ちゃん。それで……」
「あ、うん…。ちょっと、渡したいものがあったんだけど」
洗濯するんだろう、手には山積みのユニフォームが入ったカゴを抱えていて。
大変だな、って心底思う。
「わたしもあるの、玲ちゃんに渡したいもの」
「それじゃ、待ってるよ」
「うん。すぐ戻るから」
「それと」
踵を返して行ってしまおうとするタマちゃんを呼び止める。
きっと、和馬に聞いてもわからないだろうから。
「えと…多分、バスケ部の子だと思うんだけど」
「うん」
「いつもポニーテールしてる子、いないかな?
僕よか、ちょっと背が低い感じの」
「いるけど……?」
「呼んできてもらえる? あとね、髪が長くて、二つに縛ってる子」
「…わかった。ちょっと待っててね」
カゴを水道へと持っていって、タマちゃんは大急ぎで体育館へと戻っていく。
その姿を見ながら、わたしはほっと息を吐いた。
多分、体育館はこれで終わりのはず。
「和馬は戻らなくていいの?」
それとなく、そばでタマちゃんを視線で追っていた彼に聞けば。
「行く。けど」
「けど、何?」
「いいや、あとでおまえの教室行くわ」
「あ、お返しですか? もしかして」
「あんま期待すんなよ」
照れたようにそう言った彼に、くすくす笑う。
けれどそれは、すぐに止めることになったけれど。
「「田端先輩!」」
駆け足でやってきたのは、いかにもバスケ部員ですって感じで、ユニフォームを着た女の子二人。
そうそう、この二人だよ。
「私たちに用事って、何ですか?」
可愛いなって思う。
後輩っていいよね、本当に。
「あのね、先月のお返し。もらってくれる?」
「もちろんです!」
「当たり前じゃないですか!」
その言葉にほっとして、わたしは紙袋から二つの包みを取り出した。
「部活終わってからでもいいから、食べてね」
「「はい!! ありがとうございました!」」
ほんのりと頬を染めて、声を揃えてそう言って。
二人は体育館へと去っていく。
その姿を眺めて、見送って。
「あ、また名前、聞き忘れちゃった……」
後悔したのは、そのすぐあと。
「おまえ、もしかして…」
「そだよ? 先月頂いたのです」
「あいつらから?」
「だけじゃなく」
「いくつ?」
「友達含めたら……いくつだっけ?」
「……本当に? バカじゃねぇの?」
「どうして? くれるというものを無碍に断るのはかわいそうじゃない」
「そういう問題かよ」
それから割とすぐにタマちゃんが来て。
「先月のお返し。うまく出来てるかはわからないんだけど」
控えめに言葉を綴った彼女の手から、差し出された包みを受け取る。
もちろん、ありがとうの言葉付きで。
「僕も同じだから、気にしなくていいよ」
交換のように、わたしも包みを紙袋から探って渡す。
「ううん。玲ちゃん、お料理上手だから」
「そういうタマちゃんだって上手じゃん。きっと、いい奥さんになるよv」
笑って言って。
わたしは二人に背を向けた。
「それじゃ、朝練頑張ってねー」
ひらひらと手を振って、体育館から校舎への中廊下を歩いた。
とりあえず、二人は終了。
あと…何人だっけ?
「で?」
テストの結果は上々。
というか、いつもの通り、十位以内キープで終わって。
わたし的には、かなりの不満だったのだけれど。
絶対、わたし以上に手を抜いてる人、いるよ。絶対。
まぁ、とにかく。
恒例になっちゃってるテストの見せ合いを、今回トップだった彼と共にやっているところ。
半ば強引に、彼の家に場所を決めたわたしに、彼は反論なくいたんだけど。
今はどうやら、おもしろくないらしい。
不機嫌を前面に出した声に、わたしは手を休めずに口を開いた。
「だからね、買い過ぎちゃったから、処理を手伝ってって言ってるのさ」
二人分のココアを作りながら、わたしはそう言う。
スプーンでかき混ぜて、コトッと彼の前にカップを置いて。
ちなみに、なぜかこの家には。
わたし専用のカップが置いてあったりして。
前に理由を聞いたら、ちょくちょく来るから、と言われて。
つまり、ないと困るだろうという配慮から、彼が買ってきてくれたらしい。
「買い過ぎたって……」
「先月、いっぱいチョコもらっちゃったんだよね。知ってるでしょ?」
「…知ってる」
「で、そのお返しにって買ったんだけどね。何人からもらったのか、全然覚えてなくてさ」
「………」
「適当に買ったら、あまっちゃったってわけ。だから」
まだ何か言いたそうな彼を無視して、袋を開ける。
甘い香が、すぐに鼻孔を擽って。
白い、その姿が露になる。
一つ取り出して。
親指と人差し指で軽く押す。
ふにふにしてて、何かいいなぁ、なんて思ったりして。
自然と笑顔になってみたりする。
「律義だな、おまえ」
「でしょ? でもあれだよ。下駄箱に入ってたのとか、知らないうちに鞄に入れられたりしたやつとかは、さすがに返せなかったけどね」
「普通だろ?」
「まね。葉月くんは? 返した?」
「まあ……」
知ってるやつだけ。
そう答えて、彼はココアに手を伸ばした。
彼の知っている人っていうのは、イコール、よく知っている人。
ってことは、返したのはわたしぐらいなんだろうって憶測が成り立つわけで。
カップに手を添えた彼に、わたしはゆっくりと口を開く。
「砂糖は入ってないから、平気だと思うよ」
言って、わたしは白い塊をココアの上に浮かべた。
熱でゆっくりと、溶けていく。
「聞いていいか?」
「どうぞ?」
「どうしてマシュマロなんだ?」
スプーンでかき混ぜて、温度を下げて。
それをし続けていたわたしに、彼は問いを投げてきた。
「……知らない?」
「何を?」
「えーと、順を追って聞こう。バレンタインのお返しをホワイトデーにするでしょ?」
「ああ」
「何を渡すのが普通?」
「アメ」
あ、それは知ってるんだ。
スプーンを扱っていた手を止めて。
それで少しだけすくって、口へと運ぶ。
ちょっと下げ過ぎたかもしれない。
「じゃ、飴を渡す意味は知ってる?」
「……意味なんかあるのか?」
「あるんです! ちゃんと覚えてね、葉月珪くん?」
両肘を机について。
両手の甲で、顎を支える。
それでにっこりと笑えば、彼は眉根を寄せた。
「飴を渡されたら、それは義理ってことなのさ。本命って渡したのに、返ってきたのが飴だったら、女の子はちょっとショック、ってわけ」
「それで?」
「わかんない?」
「………」
無言ってことは、わかってるってこと。
わたしの観察力をかなり甘く見てるな、彼は。
「何でかは知らないよ? 聞いただけだし。あってるかどうかさえも、よく知らないけど。僕はそう聞いたわけ」
「…マズくないか?」
「あー、それはちょっと考えたんだけど」
苦笑を浮かべて、わたしは頬杖を解く。
カップを持ち上げて、そこで考えたことを口にした。
「でも、女の子同士でどうこうっていうのは、ないと思ったからさ」
「あったらどうするんだ?」
カップを落としそうになって、わずかに慌てて。
それから、彼の顔を見た。
「な、ないって!」
「そうか?」
「あったとしても断るよ! 可愛い女の子は、そりゃ好きだけど」
「そうか」
「でも、見てるだけならって意味だし!
友達が増えるのは嬉しいけど、そういう意味での女の子はいらない!
欲しくない!」
必死で言って、わたしはじっと、彼を見る。
と、彼は一度、瞼を伏せて。
「だろうな」
小さく、呟くようにそう言った。
「あ、でも……」
思い出して、急に不安。
そう言えば、一個……。
「どうした?」
「マジチョコもらったんだった」
「………」
「その子にもマシュマロでお返ししちゃった」
「…………」
「ま、何とかなるよ」
はははって笑って。
カップに口を付ける。
それに元々。
わたしがいろんな、見知らぬ女の子からチョコレートをもらうようになっちゃったのは、彼の所為。
目立つ彼のそばにいるから、わたしも目立っちゃうんだ。
加えて。
いい男と名高い人間のそばにも、わたしは結構な確率でいるわけで。
仕方ないんだけど。
友達だし。
とにもかくにも、それで。
最初は目を付けられたり、やっかみ妬み、いろいろ受けたけど。
わたしがこういう性格であることとか。
何をやっても、自分たちの方が裏目に出る、ということを理解したみたいで。
今は全然、そんなものはなくて。
逆に。
後輩なんかには、男の子たちと同列に置かれているみたいで。
「結構傷つくよね?」
ため息交じりに、そう零す。
「何が?」
「だって、女として見てもらってないわけだし?」
「……だな」
「だなって何? だなって」
ようやく笑った彼に反論。
悪いけど、今のでかなり傷ついたよ。
彼がわたしのことを女として見てないことは知ってるけどさ。
言うなれば…同性感覚。
というより、時たま猫扱いされる。
そりゃ、猫みたいだって、何やっても言われる時は言われるけど。
「こんなことなら、やっぱり男の子に生まれたかったなー」
「そうか」
「うん。お母さんにね、この前、言われちゃったんだけど」
「何て?」
「産む性別間違えたーって」
「………」
「そしたら尽、何て言ったと思う?」
「…さあな」
「ライバルが増える、だって。小学生は相手にしませんって言い返したけど」
思い出して、またため息。
何なんだろ、全く。
悲しくなってくる、ここまで行くと。
「僕が女の子である理由って、あるのかなー?」
「ないかもな」
「あのさ、君には慰めてあげよう、っていう気がないわけ?」
「おまえに関してはない」
「あっそう!」
ココアを飲み干して、また入れはじめる。
スプーンでかき回している間に、マシュマロを一つ、つまんで。
口の中に放り込んだ。
甘さに、ほっとする。
「いいよ、もう。男らしく生きてやる」
「そうしろ」
含み笑いで言って、彼もまた、カップを傾けた。
マシュマロを浮かべて、溶けていくその様子を眺めて。
目の前に出された答案用紙に、何をしにここに来たのかを思い出して。
「あ、単純ミス発見」
「誰の?」
「葉月くんの」
なんてことを、二人でやりはじめた。
『女子の制服がブレザーじゃないことを、本気でよかった、とか思って。
それでも、卒業式の日に、スカーフをもらいに来る子がいたらどうしよう、と本気で悩んでみたりもして。
彼に言ったら、簡単に「やればいい」って返答されたけど。
一人じゃなかったら? と切り返したら。
「ジャンケン。か、切る」
だって。
笑ったよ、さすがに』
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返事はきっと、明日来る。
何せ、わたしの親友様は、わたしのことを放っておかないから。
惚気話、満載のメールが届くんだろうな、とちょっと思って。
ペロッと舌を出した。
冷えてしまったココアに手を伸ばして。
溶け切らなかったマシュマロを、口に含んだ。
もうすぐ三年生。
もうすぐ。
もうすぐ。
進路、何て言って逃げようかな。
担任の先生が、どうか氷室先生にはなりませんように、と願いながら。
わたしはパソコンの電源を落とした。
今日は忙しかった。
明日は何の用事もない。
机のそばに置いた、彼からのお返しに手を伸ばして。
覗き込んで、くるくると回して。
これを選ぶ辺りが、やっぱり彼らしくて。
口ではいろいろ言ってるくせに、わたしのことをきちんと女の子扱いしてくれてたりもして。
小さく小さく、ありがとう、と零した。
END
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