言われて、嬉しくて。
でも、どう答えたらいいかを考えていた。
彼が見せていた表情に、胸が詰まって。
いつも見ているような表情を見たいと。
本気で、そう思ってた。
Clover
Leaf 〜 東雲 優菜 〜
慌てて飛び起きて、わたしは目覚し時計を止める。
そのあとで、見慣れた光景に、息を吐いた。
真っ白の天井。
赤い水玉模様の、黄色いカーテン。
そこから漏れる、柔らかな光。
それらに。
けれどそれが、安堵のものなのか、残念な気持ちからのものなのかは、わからなかった。
胸に手を当てて。
まだドキドキと波打つそこを確認する。
嬉しかった。
彼は友達だけれど。
わたしは好きで。
いつか、そんな関係になれたら、と。
わたしは願いのように、思い続けていて。
だって彼は。
そばにいたい人で、いてほしい人。
彼の隣りは安心できるし。
話していて、楽しいし。
彼のいろいろな表情が見られるのは、楽しく思える。
一緒にいられる時間が、すごく大切で。
触れる度にドキドキするし。
笑顔を見られると、ほっとする。
だから、あんな顔は、しないでほしくて。
笑顔に変えたくて、仕方がなかった。
夢――だったのだけれど。
それでも、って今でも思っているし。
「珪くん……」
彼の名前。
それを呟いて、胸の前でぎゅっと手を握る。
それから、ベッドから下りた。
カーテンを開けて、晴れているその青空を瞳に映したあと。
わたしは制服へと手を伸ばす。
学校に行けば、とりあえずは、彼に会えるから。
今日は何の話をしようかな?
考えながら、支度を進めてた。
友達に出会うことができるその道までは。
一人で歩くことしかできないから。
それでも嬉しくて、歩いていく。
学校に行けば、会いたい人たちに出会えるってこと。
そのことを知っているから。
けれどその途中。
幾人かの友達には出会う。
「おはよう! 東雲さん!」
後ろから聞こえた声に振り返って。
いつも通り、自転車に乗っているその姿を瞳に映したそのあとで。
「おはよう、浅見くん」
って、笑顔で挨拶を返した。
隣りのクラスの、その彼は。
時々、図書室で会って、話をする程度だったのだけれど。
この頃毎朝、この道で会う。
自転車に乗っているのに、彼はわたしの横に来ると、それを降りて。
歩いてくれるんだけど。
「自転車で学校まで行かないの?」
「え? うん…。ダメかな?」
「ううん。べつにいいんだけどね? ただ、どうしてかなーって」
聞けば、浅見くんは微苦笑を零してた。
わたしはそれに、首を傾げて。
それから少し、笑ってみてた。
答えは返らなかったけど。
べつにいいかなって。
そう、思いながら、歩いてた。
教室に入って、すぐに首を傾げた。
目当ての姿が、そこにはなかったから。
それでもとりあえず、自分の席へと歩いてく。
彼の席は隣りだし。
もしかしたら、もうすでに来ていて。
かばんを置いて、どこかに行っているのかもしれないし。
そんなことを考えながら歩いて。
けれどでも、荷物はどこにもなくて、わたしは軽く、項垂れていた。
去年の一学期の頃に戻ったみたいだって、ちょっと思う。
だから、SHRがはじまるまで待とうって。
そう思った。
席に着いて、鞄の中身を机の中へと移していく。
「おはよう、優菜ちゃん」
「あ、おはよう、タマちゃん」
そばへとやってきてくれた友達に、笑顔で挨拶を返して。
それから、ちらりと出入り口を見た。
いつも、彼と一緒に入ってくる方のドアを。
でも、その姿はなくて。
わたしは小さく、息を吐いた。
「今日、一緒じゃなかったんだね?」
問われて、コクンと頷く。
いつもは途中で、会って。
一緒に登校してるんだけど。
けれど今日は。
会うことは…全然なくて。
「もうすぐ、来るんじゃない?」
「うん……」
頷いて、もう一度ドアを瞳に映す。
その時見えた姿に、席を立った。
タマちゃんに一言、謝りの言葉を届けて。
わたしは彼へと小走りで近づいていく。
彼も気づいたのか、ふっと笑ってくれた。
けど。
「珪くん、少し…顔色悪いよ?」
席に着いた彼を見ながらそう言えば。
彼は「風邪ひいた」と、短く綴った。
「大丈夫?」
「たぶん……」
「熱は?」
「計ってきた。なかった」
「声、少し…」
「ああ。喉、痛い。少し」
見上げてくれた瞳に、心配で仕方がなくて。
「具合悪くなったら、すぐに保健室に行ってね?」
届ければ、ためらいながらも彼は頷いてくれて。
わたしはそれに、ほっとしてた。
それでも、すぐに、ごほごほと咳き込んだ彼に、わたしは背中をさすってあげる。
「この頃、寒かったもんね?」
「…ああ」
「食欲は? お弁当、持ってきたんだけど」
「それは…平気」
言葉に、安堵して。
胸を撫で下ろす。
でもやっぱり心配で。
「無理しないでね?」
そう、言葉を届けることしかできない自分が、歯がゆかった。
本を返しに来て。
ついでだし、と、借りていくものを見はじめた、その図書室の一角で。
本棚が立ち並ぶそこで。
急に言われたことに、わたしは固まってた。
え? なんて、間抜けな言葉を返してしまう。
「だから、好きなんだ」
目の前には、顔を赤くした、浅見くんがいて。
そのことに、ほんの少しだけ、残念な気持ちが生まれた。
目を細めて。
どうして、この人なんだろう?
って。
これが彼だったら、すごく嬉しかったのに。
って。
だから。
「…ごめんなさい」
顔を俯けて。
呟くように言って、視線を外した。
それから、どう言おうかを考えて。
けれど結局、それ以上は言葉を紡げなかった。
「ごめんなさい」
もう一度言って、頭を下げて。
それで、踵を返す。
――けれど。
これ以上、何かを期待されても困るし。
それに。
わずかにでも、期待を持たせてしまうのも、はっきり言って…残酷としか、言えないから。
「好きな人がいるの」
振り向いたあとで、言葉を綴る。
「その人が大事だし、そばにいてあげたいし、いてほしいの。だからわたし、浅見くんのそばにはいられない」
「…それって、葉月?」
出された名に。
ぎゅっと手を胸の前で握って。
顔を上げてから。
「……うん。珪くんの笑顔見てると、嬉しいの」
思い出して、ふっと微笑を浮かべた。
それから、一歩を踏み出して。
遠回りして、出入り口へと向かう。
図書室を出て、それから。
嬉しかったけど、それでも。
この人は違うと。
そう思っていたことを再確認していた。
たった一つの姿を探して、歩き回る。
屋上行ったり、体育館裏の、猫さんたちのところに行ったり。
それでも、その姿はなくて。
もしかして、と、保健室を覗き込んだ。
「あ、東雲さん」
いいところに来たわね。
なんていう言葉に、首を傾げる。
保健の先生は、白衣を脱いでいるところで。
どうしたんだろう、なんて思いながら、保健室へと入った。
ガラガラ、と音を鳴らしながら、ドアを閉める。
「私ね、これから出張なのよ」
「え? あ、はい…」
「だから、悪いんだけど、そこの病人の看病、してあげてくれる?
氷室先生には、うまく言っておいてあげるから」
カーテンが閉められて、隔離されたそのベッドを指差しながらそう言って。
先生は手早く用意をし始める。
そして。
「それじゃ、よろしくね」
それだけを残して、先生は出ていってしまって。
わたしは何も言えずに、その姿を見送ることしかできなかった。
珪くんに会いたいのにな…。
思いながら、息を吐く。
と、カーテンを開ける、その音が響いた。
「優菜?」
なんて、声と一緒に。
聞きたかった声に振り返って、そこへと近づいていくと。
彼が、そこにはいた。
「珪くん……」
姿をようやく見つけられたことにほっとしたけれど。
この場所を思い出して、不安になった。
「大丈夫?」
丸いすを持ってきて、そばに座る。
額の上のタオルを返して。
布団をかけ直そうと手を伸ばした。
「珪くん?」
けれどその手は、彼の手に収まって。
「いてくれるんだろ? ここに」
それから、言われたことに小さく驚いたけど。
「うん」
って、頷いて見せた。
そばにいることを許されると、嬉しいから。
握られたままの手を、ぎゅっと握り返す。
もし、彼が一人でも平気って言っても。
先生に頼まれてるからっていう理由で、居座ることに決めてたけど。
それでも、彼に必要とされたという、そのことが、とても嬉しかったから。
「調子、悪かったの? 言ってくれれば、付いてきたのに……」
「そこまでじゃなかったから」
「でも……」
握っている手は、いつもよりも暖かくて。
彼の体温が、普段よりも高いことを教えてくれているのに。
考えて、しゅんっと項垂れる。
そんなわたしの頭の上に、手が乗せられて。
軽く…撫でられた。
「ただ、眠かっただけ」
届けられた言葉に、ほっとする。
確かにここなら、誰にも邪魔されないし。
暖かいし…。
「それじゃ、わたし、黙ってるね?」
話しかけられたら、やっぱり、眠れないかなって思ったから。
そう、言ったんだけど。
彼は無言で、目を細めて。
握っていた手に、力を込めてきた。
「珪くん?」
「それじゃ…おまえが暇だろ?」
問われて。
一瞬だけ、目を丸くしたけど。
ふっと、笑ってみた。
「優菜?」
「大丈夫、楽しいから」
「………」
「珪くんの寝顔、見てるから」
ふふって笑うと。
彼はびっくりして。
それから、同じように笑ってくれた。
「眠れなくなった」
「えー?」
「ただ見られてるっていうの、好きじゃない」
「じゃあ、わたし、どうしてればいいの?」
「………」
「珪くん?」
「どうするか?」
返答に、くすくすと笑う。
手が離されて、彼は上半身を起こした。
本当に寝る気はないのかもしれない。
――彼の寝顔を見ていられることは、嬉しくて、楽しいけれど。
時々、淋しくなったりもするから。
それは、嬉しいことでしか、なくて。
タオルを取って、彼はサイドテーブルへと置いた。
端に置いていた手を取られて。
また、繋がって。
「風邪、平気?」
「だいぶ」
そんな会話を、午後の授業中、ずっとしていた。
わずかに開けられていた窓から吹き込んだ風が、カーテンを撫でて。
隙間から射し込む光の暖かさが、やけに優しくて。
「森林公園、また行こうね。風邪、治ったら」
「そうだな」
思いついたことを口にしたわたしに。
彼は微笑んでくれていた。
END
|