嬉しかったけど。
びっくりして。
やっぱりそう。
少し……混乱してて。
それでも、彼が見せていた表情には、考えさせられた。
Clover Leaf 〜
田端 玲 〜
手を伸ばして、音の出所を探る。
それから、見つけ出したものをなおも探って。
音を止めた。
腕を伸ばして、背伸びして。
上半身を起こす。
見慣れた部屋。
カーテンの隙間から零れてくる光も、もう、見慣れたもので。
わたしの今の格好は、制服ではなくて、パジャマで。
あれは夢だったのだと、確信する。
それに……。
「ありえない、でしょう」
腕を胸の前で組んで。
うんうん、なんて、一人で頷いた。
彼は友達。
もうほとんど、親友って言っても、過言じゃない位置にいる。
ただ、わたしがすべてを曝け出せていないから、そう言えないだけで。
彼は、友達。
わたしはそう、認識しているし、彼も同じはず。
第一、好きだなんて思ってたら、もうちょっと女の子扱いしてくれるでしょう?
けど、全然そんなことないし。
いじめるし、笑われるし。
全然、優しくない時とかあるし。
そこまで考えて、わたしは一つ、息を吐いた。
「やめよ」
小さく小さく、呟いて、ベッドを出る。
だって、一日のはじまり。
もう、今日という日ははじまっているんだから。
暗くなってなんて、いられないでしょう?
カーテン開けて、朝日を身体中で受け止めて。
それから、もう一度、背伸びした。
欠伸も漏らしてみたりして。
「今日も一日、頑張りますかー」
太陽に宣言してから、わたしは振り返って。
制服へと、手を伸ばした。
とにかく、一人で歩く。
わたしの登校時は、いつもこんな感じ。
誰かとどこかで待ち合わせしているわけでもないし。
ほんの少し、早く家を出れば、自転車に乗るほどの距離でもない。
人通りの少ない道を選んで、登校する。
けど、この頃。
「おはよう! 田端さん!」
後ろから聞こえた声に、振り返る。
自転車に乗ったその姿に、わたしもおはようと声を返した。
隣りのクラスの、浅見くん。
彼と同じクラスで、わたしは全然、浅見くんの存在を知らなかったんだけど。
彼を尋ねていった時、時々、教室にいないことがあって。
その時に、彼のことを教えてくれていた。
それで、話すようになって。
で…毎朝、この道で会う。
せっかく自転車で来てるんだから、そのまま学校まで行けばいいのに。
なぜか彼は、わたしの横まで来ると、自転車を降りて、歩きはじめる。
他愛ない会話をしながら、学校まで。
……落ち着かない、なんて、少しだけ、思いながら。
「田端さんのクラスさ。数学、どこまで進んだ?」
「? どうして?」
「ちょっと、わかんないところがあって…。教えてもらえないかなーと思って」
彼はわたしに、何を望んでいるんだろう?
なんて、考え出す。
嫌な――予感がする。
けど、断る理由もなかったから、それには別にいいよ、と答えることしか出来なかった。
教室に入って、わたしは自分の席へと、真っ直ぐに歩く。
そして、席に着いたその直後。
わたしは鞄を置いた机に、突っ伏した。
「おはよう、田端さん」
「おはよう」
近づいてきてくれた友達に、わたしは手をひらひらと振った。
頭を上げずに、そのままで。
「どうしたの?」
「ちょっと…疲れちゃった」
「朝、何かしたの? ミズキはゆっくりと、リモに乗ってきましたけど」
「……精神的に、疲れちゃった」
そこで頭を上げて、瑞希さんを見る。
と、額に手を当てられた。
「熱はないみたいね…」
「瑞希さん?」
「あなたが精神的に疲れるだなんて……」
「………」
「珍しいこともあるものね」
言葉に、がくっと項垂れて。
「そういう日もあるよー」
なんて、言葉を発してみた。
そう、今日は特別。
今日は途中で、彼に会わなかったから。
いつもは彼に会って、彼のところに逃げ込むんだけど。
「……ちょっと、隣りのクラス、行ってくるね?」
言いながら、わたしは腰を上げて。
行ってらっしゃい、と言葉を綴ってくれた瑞希さんに、手を振った。
「え? 風邪ひいた?」
ごほっと咳き込んだ目の前の人物が、わずかに頷いたのを、見て取って。
わたしは大きく、肩を落とした。
まぁこの頃、寒かったし?
思いながら、額に手を当てる。
わたしのと、彼のに。
「ダメだ。わたしのが体温高いや」
言いながら、離す。
けど、わたしぐらいにはないってこと。
つまり――三十七度はない。
「熱は、計ってきた」
「なかったでしょ?」
「ああ」
「食欲は?」
「同じ」
「いつもと?」
「ああ」
「喉、痛い?」
「少し……」
「薬は?」
「飲んでない」
「飲みなよ……」
肩大きく落として、わたしは彼の前の席に座った。
それで朝、姿がなかったのか、なんて思う。
「おまえは?」
「ん? 僕は元気だよ?」
「……だろうな」
彼は苦笑気味。
それに小さく、首を傾げて見せた。
わかってるんだろう、本当は。
わたしがいつも、逃げ場所にしてしまっていること。
わかっていて、許してくれている。
優しいよね。やっぱり、そういうとこは。
けど、これ以上は心配掛けたくないから。
わたしは言いながら、笑ってた。
なのに――。
「好きなんだ」
言われて、わたしは手を止める。
顔を上げると、赤い顔がそこにはあって。
そして、真剣な表情で、浅見くんがそこにいた。
…予知夢?
考えてから、頬をかく。
それから、ペンを置いて。
わたしはゆっくりと、言葉を紡ぎはじめた。
「そう言われても、僕は浅見くんのこと、そういう風には見られない」
「知ってる。わかってるよ。けど……」
「それに。君は僕のこと、ちゃんとわかってるの?」
聞けば、彼は目を瞬いて。
「そんなの、今から知っていけば……」
なんて、紡いだ。
ごめんね?
わたしにその言葉は、禁句なんだ。
「僕はね、かなりおかしいの。付き合ったりしたら、きっと、疲れると思うよ?」
「そんなの」
「わかるんだよ。だって僕は、君に本当の自分を見せてない」
「………」
「上辺しか見てない人と一緒にいたって、疲れるだけなの」
「上辺って」
「浅見くんから見た僕って、どんなの?」
「…明るくて、前向きで」
「はい、そこまで」
「………」
わたしは笑顔を浮かべながら、立ち上がる。
教科書とノートを閉じて、ペンを筆箱へと入れて。
それを抱えた。
「それが上辺だって言うの。僕のこと、全然わかってない、証拠」
「……葉月は?」
出された名に、眉根を寄せる。
それから、ふっと笑った。
「彼はわかってくれてるよ? その上で、面倒がらずに友達やってくれてるの」
じゃあね。
言って、歩き出す。
図書室を出て、大きくため息を吐いて。
それから、一歩を踏み出した。
彼はきっと、今の時間。
屋上にいるはず…とか、考える。
階段に足を掛けて。
屋上へと続く踊り場で、その姿を見つけた。
だだだっと駆け上がって、隣りへ腰掛ける。
びっくりしている彼に、笑みを向けて。
わたしは許しも得ずに、彼の膝に、身体を倒して、頭を乗せた。
「田端?」
「疲れちゃったんです。ちょっとだけ、休憩させてください」
カタッと音をさせて、筆箱が下へと落ちる。
けど、それにかまわずに、わたしは瞼を閉じた。
彼は何も言わずに、ただため息を吐くだけで。
彼のそばは――こんなにも暖かいのに。
落ち着く……のに。
「何かあったのか?」
落ち着かないのか、彼はわたしの髪に、指を潜らせる。
撫でてくれるその手が気持ちよくて、彼の膝に頬を擦り寄せると。
上からは「猫…」と呟く声が降った。
「コクられた」
「……あいつ?」
正直に言えば、ぴたっと手は止まる。
姿は思い出せるんだろうけど、名前がわからないのかもしれない。
それ以上、彼は何も言わなかった。
瞼を上げて、彼を見れば。
深く眉根を寄せて、宙を睨んでた。
「うん。けど、断った。即」
「………」
「嫌ぁーな予感はしてたんだ。だから、言葉も用意してたし」
「おまえ…」
「ん?」
「逃げてきてたからな」
「………」
仰向けになって、くすくす笑う。
さっきと打って変わって、彼はかなり優しい顔をしてくれていて。
そうしながら、わたしは、どうにか頷いてた。
「知ってたんだ?」
「知ってた」
「そか」
「ああ」
「ありがとう」
落として、身体を起こす。
と、彼はそのタイミングで、咳きをしてくれて。
待っててくれたのかなーって、ちょっと思う。
「寒い?」
「…平気」
「カーデ、貸そうか?」
「いい」
「僕、寒くないから」
「いらない」
「病人なんだから、遠慮しないのー!」
「………」
「もしくは、教室に戻りなさい」
「………」
黙り込んでる彼の隣りでカーディガンを脱ぐ。
それから彼を見ていると。
何も言わずに、ごほごほと咳き込んでた。
動く様子は、全然なくて。
だからわたしは、手に持っていた物を、彼の肩に掛けた。
もちろん、背中から回して。
「…悪い」
「いえいえ」
ふっと笑って。
それから、ポケットに手を入れた。
もらったものだけど、わたしは食べられない――代物。
「はい、どうぞ」
「?」
「のどあめ」
「………」
「タマちゃんがくれたんだけどね? 食べられないんだけどって言ったら、じゃあ誰かにあげればいいじゃんって、なっちんが」
「………」
「OK?」
「…わかった」
息を吐き出しながら、彼はそう言って、受け取ってくれる。
やっぱり、彼のそばは暖かくて。
ほっとする。
暗い表情をしていない彼に、嬉しくて、楽しくて。
結局そのまま、午後の授業はサボってた。
夢の話は、なぜか出来ずに。
冗談でも何でも、話のネタにすればよかったのに、って…思ったけど。
なぜか口には、出来なかった。
「早く風邪、治してね?」
「どうして?」
「行きたい場所があるから」
「………」
「行ってくれるよねー? 葉月くん、優しいし」
「拗らせて、寝込むか」
「あ、そしたらお見舞いに行ってあげよう!
玲ちゃんの手料理で元気になってね? なーんて…」
「門前払い」
「それって、酷すぎません!?」
言えば彼は、くすくす笑う。
わたしは頬を膨らませているのに、彼は笑ってて。
そんな感じで、時間は過ぎていく。
小さな窓から降り注ぐ光が暖かくて。
それに小さく、笑みを浮かべてた。
END
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