そんなこと、考えたこともなかった。
と、少しびっくりしてしまった。



CAMERA




下校。
もちろん、彼女を誘いはしたのだけれど、結局は一人での下校。
今日は用事があるのだとか言って、彼女はごめんと頭を下げて。
呼びに来た友達の下へと行ってしまった。
すまなそうにちらりとこちらを見てくれたというそのことだけが、彼には唯一の救いで。
もちろん、それだけのことで胸の中が暖かくなるかといえば、そんなことは全然なく。
はぁ、と彼は深いため息を吐いた。
久しぶりに一人で通るこの道は。
とてつもなく淋しく見える。
それを感じているのが嫌で、視線を伏せれば。
自分の影が、またも寂しげに、夕日に伸ばされていて。
肩を落として、歩き続ける。
明日にでも、今日の用事が何だったのか、とさりげなく聞けばいい。
彼女のこと。
きっと明日は、今日のお詫び、と、何かをしてくれるだろう。
そう――思いはするのだけれど。
今のこの寂しさは、一向に消えそうになくて。
わかってはいる。
彼女は自分のものではないのだ、ということは。
何も言っていないし、言われてはいない。
自分と彼女を繋ぐものや、今の関係をきちんと言葉で言い表すとしたら。
『友達』という、漢字二文字しかない。
それよりも親密な関係をと、望んではいるけれど。
それを伝えたわけではないから。
言葉で。
彼女に伝わるように、言葉で。
はっきりと。
その勇気が未だ持てない自分を、情けないとは思う。
思い出してほしいことは、思い出してほしくはないことで。
彼は額に手を当てた。
眉根を寄せて、困ったような顔をしながら、歩いていく。
周りに誰もいないことが、不幸中の幸いだったかもしれない。
なんて、思う。
けれど。
「葉月?」
声をかけられて振り向いて。
「ようやくこっち向いた。オレ、ずーっと呼んでたんだぞ?」
わずかに頬を膨らませている小学生に、彼は「悪い」、と告げる。
「聞こえなかった」
言えば、尽はやっぱりねー、と大きく肩を落として。
「姉ちゃんがいないからだろ?」
「そういうわけじゃ……」
「いいって!
ちゃんと言えよ。
まぁ、オレじゃ姉ちゃんの代わりにはならないかもしれないけど、
途中まで一緒に帰ってやってもいいぞ?」
嬉しそうな顔に、ふっとつられたように笑う。
よく似た姉弟だとは思う。
ころころ変わる表情だとか、ちょっとした仕種だとか。
「でも、姉ちゃん、本当にどうしたんだ?」
歩き出した尽に、彼は歩調を合わせて歩き出す。
小学生に歩調を合わせるのは難しいけれど。
動作をゆっくりにすれば、さほど難しくはない。
「藤井と紺野……だったか?
に、呼ばれて」
「そのまま、帰っちゃったのか?」
「ああ」
「んじゃ…あれかなー?」
思い当たることがあったらしい言葉に、彼は尽の顔を覗き込む。
と、ちらりと大きな瞳が彼の顔を見上げて。
「…この前の日曜に、姉ちゃん、出かけたんだ。
奈津実お姉ちゃんと珠美お姉ちゃん、あと、志穂お姉ちゃんと瑞希お姉ちゃん。
この四人と一緒に」
「で?」
「先を急ぐなよ!

で、写真撮ったって言ってた。
たぶん、今日はその写真を取りに行ったんだろ?」
結論に、ああ、そうか、と納得する。
けれど、すぐに横でため息を吐かれて、彼は視線を戻した。
「けど、たぶん。姉ちゃんはその写真、葉月には見せないと思う」
「…どうして?」
写真を見せながら、彼女のこと。
嬉しそうにその時のことを話すのだ、と何となく思っていたのに。
それを否定されて、彼は短い言葉で聞き返す。
と、尽は。
「つか、誰にも、かなぁ?
一緒に行った友達には見せるだろうけど、その場にいなかった人には見せないから」
「だから……」
どうして、という言葉は紡がずに、問いの答えだけを待つ。
尽は両腕を頭の後ろで交差させて、そこへと頭を押し付けて。
その行為がどこか、何かを考えているようにも見えて。
「自分が知らない、その人の写真とか見ると、淋しくなったり……とかって、あるか?」
問いで返されて、彼は閉口する。
今言われたことがあるか、と聞かれれば、答えは…あるのだろう、と思う。
だから彼は、黙ったままで頷いた。
「そういうこと。
姉ちゃんは聞かれれば答えるし、見せてってしつこく言えば見せてくれる。
でも、その人の知らない時に、
自分はその人が知らない時間を過ごしたっていうのが、
何か、耐えられないみたいでさ。
仕方ないじゃんか、そんなの。
それでも、そのことは黙っていればわからないし、不安にさせることもない。
写真ってさ、それが一番如実に表れてないか?
その場に自分はいなかったのに、普通に笑ってる顔とかあったら、
軽く嫉妬とかしちゃうだろ?
やっぱり」
「………」
「んでもって、けがとかしなかったか、とか、心配になったりするだろ?
自分が知らない時間を過ごすっていうのは、そういうことなんだとは思うけど。
監視することなんか、そういう権利もないんだし。
それに、姉ちゃんはああいう性格だろ?
話して、その相手が少しでも機嫌悪いかもしれないって思ったら、すぐに謝るからな。
そういう心配もかけるのが嫌なんだろ、きっと」
そんなこと、考えたこともなかった。
本当に、わずかにでも、微塵にも。
昔話をするのなら、遠い昔のこと、と割り切れるのかもしれないけれど。
ちょっと前のこと――一年以内のこと――だったのなら、
確実に彼女には相手を心配させてしまうことになるのかもしれない。
そんなこと、気にしなくてもいいのに。
「まぁ、そういうわけだから。
今は姉ちゃん、お姉ちゃんたちと喫茶店にでも行って、騒いでんじゃねぇの?」
「たぶんな」
笑いを含んでしまった声に、尽はもちろん、怪訝そうな顔をして。
「姉ちゃんに聞いたりするなよ」
「嫌だ」
「ったく。じゃ、姉ちゃんに教えてやってくれよ。
そんなこと、気にするようなことじゃないって」
気にしてたらきりがないぞって。
加えて、尽は駆けていく。
少し走ったあとで、くるりと振り向いて。
「んじゃ、オレ、こっちだから!」
放って、手を振って。
すぐに踵を返して、また走っていってしまった。

明日、何て言って切り出そうか、と考えながら。
見ていた光景は、彼女と一緒に見ているものと、
あまり変わっていなかったように、彼には思えた。

END

 

久しぶりに、尽と珪くんの話。
というか、最初はカメラ付き携帯電話の話にする予定だったのに、何故にこんなことに……?
そう、だから題名が『CAMERA』なのです(笑)。

戻る