その人にとって 今日という日は
やっぱり特別なんだと思う

だって
その人が生まれてきた
祝福すべき日でしょう?

この世界に形を持ってうまれてきたものに

無駄なものは一つとしてない

わたしはそう――信じているから




birthday vol.2





洗い終えたものを真っ白な布巾で拭いて。
わたしはそれに笑みを浮かべる。
綺麗になってよかったね?
なんて、心の中でだけ、呟いて。
棚へとしっかりと仕舞った。
くるりと振り向いて、カウンターへと視線を戻せば、そこでまた、いつかと同じように、店長が笑っていた。
首を傾げると、
「楽しそうだよね? いつもいつも」
と、感想を述べてくれて。
「楽しいですよ?」
だからわたしは、それにそう答えた。
至極真面目に。
楽しくなかったらやりたいなんて思わないし。
多分、続けてない。
環境も悪くはないし。
「玲ちゃんみたいな子って少ないからね。
ずっと働いてくれると嬉しいんだけど」
「高校生でいる間はやってると思いますよ?」
「そのあとは?」
「さぁ? わからないです」
言って笑って。
わたしはカウンターを出る。
ちらっとだけ目に入った時計は、すでに九時半を過ぎていて。
「そろそろ閉店ですよね?」
店の出入り口へと歩を進める。
扉を開け切って、外を見る。
歩いている人は、ほとんどいない。
それを確認している間に、店内では。
お客さんがいない区画を選んで、ちょっとした掃除が始まっていて。
まぁ、掃除といっても、テーブルをきちんと拭いたりするぐらいなんだけど。
「早めに閉めようか。裏返しちゃっていいよ」
「あ、はーい」
言われて、応えて。
わたしはその通りに行動した。
『OPEN』となっている、ノブにかかっている小さな板を裏返す。
『CLOSE』となったことを確認して、外に出していた立て看板の前へと歩いた。
これ、結構重いんだよねー。
考えながら身体を屈めて手を伸ばす。
と、目の前で足音が止まった。
顔を上げれば見慣れた制服。
それですでに、そこに誰がいるかはわかったけど。
手を離して、姿勢を正して、視線を上向ければ。
やっぱりそこには、彼の顔。
「やっ。お疲れ」
「ああ。おまえは?」
「そろそろ終わるよ。一緒に帰る?」
「待っててやる」
「ありがとう。中で待ってて」
言っても彼は振り向かないでいて。
わたしは口を開こうとしたのだけれど。
すぐに彼は、立て看板を持ち上げて、歩き出した。
だからわたしは、入り口の扉を開けるべく、走って。
「ありがとう」
店内に置かれたものを見ずに、彼の顔を見上げて言えば。
彼はふっと笑ってくれた。
「玲ちゃん、着替えてきていいよー」
「はい」
振り返って、返事をして。
彼に「待っててね」と届けて、奥の扉を開けた。

鞄をカウンターの椅子へと置いて、スカーフを結ぶ。
もちろん、隣りの席には彼がいて。
目の前には店長。
他のバイトの人たちは、もうすでに上がったみたいだ。
「何か言いたそうですね?」
言いながら手を動かして。
店長は少し考えたあとで、「仲いいなーと思ってね」と、紡いだ。
「うーん、確かに仲はいいんでしょうね。たまにいじめられてますけど」
「いじめてないだろ?」
「いじめてるよ。酷いことばっかするんだもん。時々優しくないし」
「おまえに優しくしても、仕方ないだろ?」
「ほら、ヒドイ」
頬を膨らませて、抗議して。
彼は楽しそうに笑ってた。
店長も――同じ表情。
あ、そうだ。
そこで、わたしははたと思い出す。
「店長」
「何? 休みでも欲しい?」
「違います。そうじゃなくて、紅茶の美味しいお店とかって知ってます?」
「どっち?」
「お茶っ葉の方です」
「喫茶店、とかじゃなくて?」
「とかじゃなくて、です」
用意を終えて、わたしも腰掛ける。
目の前で店長は考え込んでいて。
彼を見れば、モカが入ったカップを口元で傾けていた。
「眠れなくなるよ?」
「それはおまえだけ」
「……別に眠れなくても、授業中に寝るもん」
「俺だって同じ」
「で、君だけ叱られるんだよね?」
「………」
「ま、頑張んなさい」
笑顔で肩をぽんっと叩いて、店長へと視線を向ける。
と、何かを書いてくれていた。
身を乗り出して見れば、地図で。
そばには電話番号と……。
「『スリート』、って店名ですか?」
わからないものは聞く。
と、店長はちらっと顔を上げて。
そう、と答えてくれた。
「友人がやってる店でね。喫茶店なんだけど、茶葉も出してくれるよ」
「へぇー…」
「ウチはコーヒー専門店じゃない」
「それでも、紅茶っていうメニューはありますよね?」
「だから、そういうこと」
店長が言いたいことはわかる。
この店の紅茶は、この『スリート』っていうお店のものってこと。
「電話しとくから、行ってごらん」
「あ、ありがとうございます」
紙を受け取って、眺めて。
彼も横から視線を注いでた。
それを鞄へと仕舞い込む。
それから、すぐに立ち上がった。
彼も一気にモカを煽って立ち上がる。
ポケットを探った彼の手を止めたのは店長で。
「僕が勝手に出したんだから、お代はいいよ」
そう、言葉を綴った。
それに彼は、小さく頭を下げて。
わたしは「お先に失礼しまーす」と放った。
店を出て、空を仰ぐ。
でもそこはやっぱり曇り空で、わたしは小さく息を吐いた。
けれどすぐに、歩き出していた彼のあとを追って、駆け出す。
「置いていかないでよ」
腕を捕らえて。
とりあえず、隣りを歩く。
「おまえがボーッとしてるのが悪いんだろ?」
「空見てただけじゃん」
「それが悪い」
「もー」
頬を膨らませて、鞄を持ち直す。
持ち手の部分に結んでいた毛糸の小さな鳥の人形が揺れていた。
それににっこり笑ってみる。
「それ……」
「ん? これ?」
「手編み?」
「そう。玲ちゃん作」
「………」
「可愛いでしょー?」
「…似合わない」
「……すっごい、失礼!」
素の腕をぺちっと叩いて。
だけじゃ物足りなくて、軽く抓る。
彼の眉が思いきり眉間に寄せられたのを見て、わたしはかなり満足してた。
「で?」
まだ眉根を寄せたままで、彼は問いを発する。
きちんとは言わないけれど、言いたいことがあるんじゃないのか? っていうことみたい。
その先に、わたしが口にするんだろう『お願い』も彼はきっとわかってくれているんだろうと思う。
――優しいよねー、やっぱり。
「さてここで問題です! 来週の水曜日は何の日でしょう?」
急な物言いに、彼は少し戸惑っているようで。
それでも、いつものことだから、きちんと考えてくれる。
彼の向こうに広がる空では、分厚い雲が流れているのが、何となくわかった。
明日は晴れるといいな。
そんなことを考えながら、彼の答えを待つ。
「来週の水曜って…七月、二日?」
「そう、七月二日」
「……ああ」
「わかった?」
「誕生日だろ? 守村の」
「そうでーす! 大当たりー!」
でも賞品はありません。
続けて言えば、彼からは「期待してない」の声。
少しはしてくれてもよかったんだけどなー、なんて思いつつ。
「で、紅茶などプレゼントしてみようかなーって」
「どうして?」
「好きなんだって。まぁ、お花が好きな人って、そうだよね。ハーブティーとか、有名じゃん」
「ああ…」
「あとね、勉強する時に安らげるかなーって」
「安直」
「煩い。一人で考えたんだから、よしとする!」
怒って言えば、笑われて。
それでも、「そうだな」って紡いでくれた。
「それで?」
「今度の日曜、暇?」
「暇」
「じゃ、遊ぼう?」
「じゃなくて、買い物、だろ?」
「そうだけど。店長が地図書いてくれたでしょう?」
「ああ」
「あの辺りって、行ったことないんだよね。葉月くんは?」
「…俺も、あんまり……」
「でしょう? だから、探検しに行こう、ってこと」
続けて言って、顔を覗き込む。
彼は納得してくれたみたいで、頷いてくれた。
ここで呆れないのも、彼らしくて、優しくて。
嬉しいって思う。
「では、そういうことで」
気づけばもう、彼とは別れる場所。
公園前の分かれ道に来ていた。
だからわたしはそう言ったのだけれど。
「家まで送るか?」
いつものように、彼はそう心配してくれる。
けど、彼も疲れてるはずだから、わたしもいつものように丁重に断りを入れるべく、口を開いた。
「大丈夫でしょ? 僕みたいなの襲っても、面白くないと思うし」
「………」
「それに、家まですぐだし。住宅街だし。
何かあったら、とにかく大声は出してみるよ」
「出せなかったら?」
「…尽がね、十時半を過ぎると電話入れてくるんだな、携帯に」
「………」
「必ず出ろよ、と言われておりますので。出られなかったら何かあったと判断するそうな」
「なるほどな」
「姉思いのいい弟だよね? まぁ、望むものは見え見えだけど」
「?」
「ゲームとかそういうものが欲しいんだって。
大人ぶってるけど、結局頭の中は遊ぶことでいっぱいなのさ。
つまり、まだまだってこと」
ふって笑って、腕を放す。
ほんの少しだけど、汗ばんじゃってた。
「ごめんね? 熱かったでしょ?」
「べつに。いつものことだし」
「慣れてくれてありがとう」
ぺこりとお辞儀して、公園内の時計を瞳に映す。
あんまり遅くなると、彼の睡眠時間が少し心配。
もちろん、自分のも。
「んじゃ、また明日、学校でね?」
「ああ」
「おやすみ」
「おやすみ」
短く言葉を交わして、手を振って。
わたしは踵を返した。
けれど瞳はまだ、彼の姿を捉えてる。
彼が自分の家の方へと歩き出すまで。
自分が何を期待しているのかもわからないまま、わたしはそっちへと視線を注ぎ続けていた。






地図はかなり簡単に書かれていると思ったんだけど。
そのものずばりな場所に行ってみると、それはその通りを示していたことがわかって。
つまり――簡単だと思っていたそれは。
かなり詳しく書かれていたといっても過言じゃなかったってことだった。
「本当に地図の通りだったね?」
「ああ」
「ALCARDから真っ直ぐ歩いて、紫陽花の小道を右に折れて」
「花が咲いててよかったな」
「あ、そうだね。葉っぱだけだったらわからなかったかも…。綺麗だったしね」
「そうだな」
「とにかく、それから桜並木を抜けて……もう発見」
『SLEET』という小さな看板を掲げたそこは。
結構大きな洋館で。
一見すると、普通の家みたいだった。
「すごいねー」
見上げて、感想を述べれば。
彼は何も言わずに、目を細めてた。
それは、ほんの少しだけだけど。
懐かしい…とか、そんな風に思ってるみたいに見えて。
「さ、入ろう?」
そしてわたしは、それに触れちゃいけないような。
そんな気が少しして。
わたしは彼にそう言葉を発しながら、大きく一歩を踏み出した。

店内は柔らかいオレンジの灯かりに包まれていて。
暖かな、ほっとする印象ばかりが目立った。
入り口近くの方は喫茶店で。
少し奥に入ると、茶葉を扱ってるお店になってた。
壁際に設置してある棚も木製だし。
確かに懐かしい気はしたけど。
彼のそれとは、やっぱり違うと思った。
「ね? これ、可愛いね?」
小さな瓶を指で差し示しながら彼にそう届けてみる。
と、彼の眉根はやっぱり寄せられてしまって。
「男にやるんだろ?」
「いいじゃん。ただ可愛いって言っただけでしょう?」
口のとこに結ばれたリボン。
その結び目に挿してあるドライフラワーが可愛くて。
「自分の分で買っていこうかなー」
なんて零す。
その前に守村くんへのプレゼントか。
考え直して、それから視線を外す。
彼は興味があるのかないのか、微妙な感じで。
それでも、手に取って細かく見ていた。
彼はコーヒー派。
わたしはどちらかといえば、ココア派で。
だからか、あんまり紅茶って興味がなかったりするんだけど。
とにかく、美味しければそれでいいかなっていうのが、わたしの正直なところ。
店長さんはお店の雰囲気にも負けない、優しそうな女の人で。
おすすめは?
と聞いたわたしに、セットを勧めてくれた。
「いろんな紅茶が楽しめるから、決められないならこういうのもありなんじゃない?」
って。
何だか、結構勝ち気みたい。
口調を聞いたわたしは、少し笑った。
そのおすすめのものをプレゼントにしようと決めて。
お金を払って包装を頼んだ。
その手元をじっと見る。
器用だなーとか思いながら。
まぁ、やる気になればわたしにも出来るんだろうけど。
「田端」
「んー?」
顔を上げれば、彼は小さな袋を手に持っていて。
だけじゃなく、わたしへと差し出した。
「なぁに?」
受け取って、首を傾げた。
「やる」
いきなり言われて彼を見て。
彼はわたしが包装を頼んだものを受け取って、店の出入り口へと歩いていた。
そのあとを急いで追おうとしたけど。
「あ、ありがとうございました」
お礼を言って、お辞儀をして。
わたしは慌てて、彼のあとを追った。

店を出たところで、彼に追いついて。
「何でくれたの?」
包装されたものを肩掛けのバッグに仕舞い込んで。
彼から不意にもらってしまったものを手に持って、問う。
中身は見てないから、わからないんだけど。
「おまえ、あとで買っていくとか言いながら忘れてるみたいだったから」
「?」
開けずに考えて。
それから、すぐに開けた。
入っていたものは、さっきわたしが可愛いと言った小瓶で。
わたしは嬉しくてふっと笑う。
「どもです」
「べつに」
「でもさ、いいの? 僕、この前、誕生日プレゼントもらっちゃったし」
「いい。もらうだけが嫌なら、おまえも何かで返せばいいだろ?」
「……欲しいもの、ある?」
「………」
答えはなくて。
代わりに、彼の視線は空へと投げられる。
梅雨は明けてないから、やっぱりまだ、曇り空。
「毎回お弁当じゃ、芸がないし」
「…だな」
「……考えておこう」
もらったものを仕舞って。
ポケットに手を入れて、彼と同じような格好になって、空を仰ぐ。
でも実はもう思い付いていたりして。
「守村くん、喜んでくれるといいなー」
結局すぐに腕を上へと上げて伸びをしながら。
わたしはそう紡いだ。






「じゃーん!」
机の上に広げたものに、彼は眉根を寄せて。
深く深く、ため息を吐いた。
「え? ダメ?」
「ダメ」
「何でー? 君んチ、殺風景じゃん。だから、この子達を置いてあげて欲しいのですよ」
「………」
「淋しくないし」
「今でもべつに淋しくない」
「はいはい。とにかく、もらってね。これがお礼なんだからさ」
机の上に並んでいる鳥とか熊とか猫とか。
その子達をゆっくりと見回して。
わたしは紙袋を彼へと差し出す。
「今度行った時にいなかったら泣いちゃうからね?」
「はいはい」
「やる気ないなぁ」
ぺちっと頭を叩く。
と、彼は面白くなさそうな顔をしながら、仕舞い始めて。
そして仕舞い終えたあとでわたしへと緑の瞳を向けた。
「何?」
聞けば、小さく息が吐かれる。
「…渡したのか?」
「守村くん?」
「ああ」
「渡したよ。喜んでくれました」
「そうか」
「うん。一緒に行ってくれて助かりましたよ」
ふっと笑って、綺麗になってしまった机の上に持っていたものを置く。
「芸はないけど、やっぱりこれが一番いいのかなーと」
言葉に、それが何だかわかったらしい。
彼は嬉しそうに笑ってた。
「尽に言われちゃった。もうちょっと考えろって」
「確かに」
「そんなこと言うんなら、もう作ってこないよ?」
「それは困る」
すぐに返された言葉に少し驚いて。
それでもやっぱり嬉しくて、笑みを浮かべた。
誰かに必要とされるのって、嬉しい。
「ありがとう」
「どうしてそう言うんだ?」
「………」
「田端?」
「……何となく?」
「……ヘンなやつ」
笑われて笑って。
楽しくて。
毎日気ぃ抜けないな。
なんて考えて。
「次は瑞希さんだぁ! 頑張って考えなくちゃ!」
そう、声を上げた。

END

 

でも瑞希さんはスルーなのです(苦笑)。
守村くんって、実はあんまり好きじゃないんです…。
彼の役どころがよくわからないっていうのもあるかもしれませんが。

しかし、やっぱり誕生日である本人は出てきませんねぇ…。
そんなに珪くん以外は書く気ないのか? 樹(苦笑)。

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