この場所にいるのは
結構好きだと思ういろんな人に 出会えるし
たくさんの気持ちに 触れられるし
だから この場所は
結構 好きだと思う
場所
授業中。
無人の廊下を、一人で歩いてた。
生徒とか、ほかの先生達は、今は小さな箱の中で、頑張っているのに。
私はこうして、いつものように、あの場所へと足を運んでた。
けど。
「…〜!」
いつもは閉まっているはずの扉が開いていて。
しかも、中からは声。
それで少し、尻込みしてしまったのだけれど。
「よぉ、柊」
と、彼に見つかってしまったから、逃げられなくなった。
保健室から出てこようとしていた彼。
そんな彼は、笑みを浮かべていて。
明らかに、誰かと話していた――それで浮かんだ笑みを。
ついでのように、わたしに向けただけ。
「『柊』って、誰ですか?」
「ああ、おまえ会ったことなかったか?
オレ様んチの隣りの……」
「鳥川先生!?」
出入り口を覆うように立っていた彼を退けて。
本当に、無理矢理のように退けて、出てきたのは。
「……桜川、だったか?」
見覚えのある、丸い身体をした、女の子。
それに、なぜかほっとしたように、私は笑みを浮かべてた。
「え? あれ? 初対面…でしたよね?」
「橘と体育館の外で話しただろう? その時にそばにいたんだが……」
「え? えぇ!?」
「橘に気があるのか?」
「違います!」
握り拳で語る彼女に、くすくすと笑みが零れる。
吃ることもなかったし、即答だったし。
ということは。
どうやら本気で、あの男子生徒は、違うらしい。
「ダイエットをしていると聞いたが?」
「…はい……」
「その様子だと、うまくいってないようだな」
ポリポリとこめかみの辺りを掻いて。
彼女は視線を下へと、下げる。
それに息を吐けば。
「そうなんだよ。コイツ、オレ様の言いつけを破って、無理して。で、今までぶっ倒れてたんだよ。なぁ?」
「……そう、です…」
肩を落として。
とりあえず、二人を中へと戻す。
彼にどこに行こうとしていたのかと聞いたら。
ただ単に、トイレ、なんて返ってきた。
だからとっとと、外へ出した。
扉が閉まったのを確認してから。
「うまくいっていないと言っていたが」
そう、ベッドの上に戻った彼女との会話を、試みてみた。
「? はい」
「それでも少し、落ちただろう? この前に会ったときよりも、確実に細くはなっていると思うんだが」
「まぁ……」
「目標は、あるのか?」
「一応……」
「そうか。でも…あまり急なものは、しない方がいいと思うんだがな」
「………」
「いつまで、と言うのも、あるのか?」
聞けば、彼女はこくんと、頷く。
いつまでか、聞いてもいいか?
そう聞けば。
彼女は、卒業式までに……と、控えめに答えを発した。
それに、ふっと。
笑みを零す。
「三年か?」
「はい?」
「おまえにダイエットをしようと思わせた相手は」
「………」
「で、そいつがこの学園にいる間に、見返したい」
「そういうわけじゃ……」
「じゃあ、こっちだな」
「?」
「視界の中に、入りたい」
「!」
真っ赤になって、彼女は視線を逸らす。
からかうのも、いい加減にしないと可哀想だな。
考えて。
人差し指を、立ててみる。
「? 先生…?」
「アドバイスをやろう」
「アドバイス…?」
「そうだ。サウナスーツって、知ってるか?」
「え? はい……」
「それを、今度の休日にでも買って。で、家に帰ったら、とりあえず、それを着て行動してみろ。運動しても、何をしてもいい。でも、暑いからって脱ぐなよ?
脱いだら意味がないからな」
「…落ちますか?」
「結構な。汗をかくのはいいことだ。だからと言って、水分補給をしないのは、ダメだけどな」
「…はい」
「それから。結構高いからな。あの兄にでも頼んでみろ」
「……はい」
肩を落とした、と言うことは。
妹も、あの兄の溺愛振りには、辟易しているのかもしれない。
それに、笑いながら、私は彼女のことを見ていた。
ずいぶん、頑張っているのかもしれない。
好きな人の視界に入りたくて。
必死に。
焦りすぎて、倒れてしまうぐらい。
「努力は、いつか実を結ぶ」
急に口を開いた私に、彼女は少し、驚いたようで。
それでも、はいと。
返事をしてくれた。
「今が、ダメだったとしても。そのうち、おまえが望んだ答えを、もたらしてくれる。だから、焦らなくていい。頑張っている姿を見てるやつはいるし。応援してくれるやつもいるだろう?
敵もきっと、いるだろうが。それでも、味方は必ずいる。だから、焦らなくてもいい。結果は必ずついてくる。今できることを、精一杯やって。応援してくれる人たちに、ありがとうの心を返していけばいい」
「………」
「うまくいかなかったら、誰かに聞けばいい。何が悪かったのか。何をしたらいいのか。手を伸ばせば、誰かは必ず取ってくれる。だっておまえは、ひとりじゃないだろう?
だから、そいつらのアドバイスを聞いて、自分で答えを出せ」
届ければ、彼女は静かに頷いて。
それから。
「先生」
私の顔を、見返してくる。
「ん?」
「…ありがとう、ございます」
――きっと。
彼女が言いたかったのは、別のこと。
それでも、言えないから、言わなかった。
言えない理由は、きっと。
彼女本人か。
私自身のこと。
そのどちらかの、内面のことだったから。
そして、私はできれば、触れられたくはないし。
だから、ありがたくて。
彼女に、薄く。
微笑みを届けておいた。
「…何やってるの?」
裏庭。
その場所のベンチに座って。
暢気に缶コーヒーなんかを飲んでいる後姿を見つけて。
私はそう、声をかけた。
呆れて。
「ん?」
「ん? じゃない。何をやってるのか、聞いたの」
「ここでコーヒー飲んでた」
「そうですか」
「おまえは?」
問い返された言葉を聞きながら、彼の隣りに座る。
何でもいいけど、どうして彼は、中央にでんっと座っているんだか。
しかも両手を背もたれに広げてるし。
はっきり言って――邪魔。
「トイレに行ったきり、帰ってこない人を捜しに来た」
「桜川は?」
「まだ授業終わらないし。身体のことも心配だったから、寝かせてきましたー」
「……柊」
「何?」
少し、上体を前のめりにして。
彼の顔を、正面から見ようとすれば。
「おまえ、性格違うよな?」
そんな、問い。
「先生ですから」
「あー…」
「少しでも、精神年齢、あげようと思いまして」
「なるほどな」
くつくつと笑って、彼は缶を傾ける。
その様を見て、私は一つ、息を吐いた。
何で、戻ってこなかったんだろう?
別に、聞かれて困るような会話をしていたわけじゃないのに。
………。
「ね? 龍太郎」
「あ?」
「桜川の好きな人、知ってる?」
「知らねーな。興味もねぇよ」
「そっか」
「聞いたのか?」
「三年生…ってとこまでは、何となく」
「ふーん……」
「興味ないって言わなかったっけ?」
「話の流れだろ?」
言って。
逃げるように、彼は立ち上がる。
それに、くすくすと笑みを零した。
何だろう? この感覚。
仲のいい友達、みたいな。
ううん。
言うなれば、親友。
でも、彼は異性。
だから、恋人同士…?
「………」
笑みを奥へと押しのけて。
わたしは自分のつま先を見つめる。
今…何を考えた?
「柊!」
呼ばれて、視線を上げる。
その先には、少し怒った風な、彼がいて。
「茶、おごってやらねぇぞ?」
そう、眉根を寄せていて。
私は慌てて、腰を上げる。
きっと、気のせい。
彼とは友達だよ。
親友。
そう――言い聞かせて。
彼の耳に収まっているヘッドフォンに、手をかけて。
「取った!」
「待て!」
そんな風に、笑い続けてた。
END
|