外は雨で。
梅雨独特の、しとしとと降り続ける、そんな雨で。
空はずっと、灰色ばかりが広がっていた。



紫陽花




ぼんやりと窓の外を眺め続ける。
眠い、と小さく零しそうになった声は、トンッと自分の机の上に何かが置かれた音に、喉の奥へと引っ込んだ。
窓に映っていたのは、わずかな紫色で。
怪訝に思いながらも、彼はそれを直接瞳に映すために、視線の先を変えた。
机の上に置かれていたのは真っ白な花瓶で。
そこに生けられていたのは、紫の花。
大きなそれに目を見開いて見せれば。
「キレイだなーって思って見てたらね?
守村くんが分けてくれたんだ」
上から降ってきた声に、彼は視線を上向ければ。
そこにはやはり、にっこりとした笑みがあって。
「学校に紫陽花は咲いてないだろ?」
「守村くんちのお庭に咲いてるんだって。下校途中で、咲いてるところ、あるでしょう?」
「ああ」
「あそこでボーッと見てたんだ、昨日。そしたら、今日持ってきてくれたの」
紫陽花が包まれていたのだろう新聞紙を自分の机で折り畳んで。
彼女はもう一度、笑みを浮かべて、彼を見て。
「教室に飾ろうかなって。そう言えば――知ってる?」
身体を彼へと向き直して、彼女は口を開いた。
「これ…花びらじゃないんだよ?」
四角い部分を指で突つきながら、彼女はそう言って。
少し嬉しそうな顔をしているのに、彼もふっと笑みを浮かべた。
期待を裏切って悪いけれど――なんて、思いながら。
「知ってる。咢だろ?」
「えー!?
知ってるの?」
「有名だろ。小学生の時、習った」
「………」
わたし、知らなかった。
小さく小さく呟いて。
彼女はしゅんっと肩を落とす。
それに失笑を零しながら、彼は机に頬杖を突いた。
「この、真ん中の小さい丸いのが花。教えてもらったか?
守村に」
「うん。いっぱい知ってたよ」
ハイドランジアっていう別名があるとか。
それは、ラテン語の水と容器から来てて、実の形状が水瓶に似てるからだ――とか。
そんな風に教えてくれることに、彼は頷きながらも笑っていた。
「わたしね、ピンク色の方が好きだな」
のに、急に話を変えられて。
彼は驚きながらも、そうか、と相づちを打った。
「だってさ、かわいいし。なっちんに言ったら、アンタらしいって笑ってたけど」
にわかに頬を膨らませて。
「そうだな、おまえらしい」
「珪くんまでそう言うの?」
彼も同意を示せば、彼女はますます頬を膨らませた。
それに声を上げて笑えば。
「ヒドイ…」
と、泣きそうな声が返って。
彼女はずっと、花弁のように見える部分を触り続けていた。
思い出したのは――この花が意味する言葉。
「あなたは冷たい」
「え?」
言えば、彼女はびっくりしたとでも言いたげに、顔を上げた。
「花言葉。紫陽花の」
「あなたは、冷たい…?」
「ああ。他にもあったな。冷酷とか、浮気とか、移り気とか」
「………」
「冷たい印象があるのかもな」
「あったかいよ。雨の中で咲いてるの」
悲しそうな顔でそう言って。
それからすぐに、彼女は花瓶を抱えて、教室の前方の窓際へと駆けていった。
すれ違うクラスメイトに、おはようの言葉を投げかけながら。
ゆっくりと花瓶を置いて、彼女は彼のそばまで戻ってくる。
「あ、あのね」
彼と、机を挟んだ位置で向き合って。
彼女はたっぷりの時間を要して、口を開いた。
「どうした?」
「あれ…ただ、珪くんに見せたかっただけだからね?」
「ん?
ああ……」
「べつに、珪くんがそうとか、そういうんじゃないからね?」
「………」
「わたし、知らなかったし。気、悪くしないでね?」
ぎゅっと手を固めてそう言って。
「だ、だって。珪くん優しいし、あったかいし」
「………」
「だから、ごめんね?」
その言葉で、彼女が言っていることが、ようやくわかって。
彼は微苦笑を浮かべる。
「おまえが知らなかったのはわかってるから。謝ること、ないだろ?」
「でも、珪くんは知ってたんでしょう?
だから……」
「いいから」
謝ること、ない。
もう一度、そう笑顔で届ければ。
彼女はほんの少しだけ、表情を明るいものに変えて。
大きく頷きを返した。

END

 

久々に花の本を紐解いてしまいました。
紫陽花のことを習ったのは、小学生の頃だったと思うんですけど…。
今はどうなんだろう?
ただ、花言葉には驚いてました(紐解いてようやく知った事実だったりして)。

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