| 雨の降りそうな日に、かさを持って、来なかったら。 夕方から雨が降ると、天気予報で言っていた日に。
置きがさがあるからと、余裕でいたら。
必ずと言っていいほど。
こういう状況には、陥ってしまう。
相反する
心
SHRの間。
担任の氷室先生の声が、教室中に響いている、その間。
気になっていたのは、窓の外。
降らないで。
そう祈りながら、机の上で、両手を組んで。
机に突っ伏して寝ている彼も時々、視界の中心には捉えるけれど。
それでもやっぱり、窓の外。
今日はバイトがある日で。
家に寄っている時間なんか、ないけれど。
そのバイトをしている間にでも。
弟にかさを持ってきてもらえば、それでいいから。
だから、学校から、バイト先に行く間だけでも。
雨が降らないこと。
それだけを、祈っていた。
朝起きた時、すでに空は灰色で。
テレビでも、夕方から雨は降ると言っていた。
なのに、かさを持ってくるのを忘れてしまって。
置きがさがあるから大丈夫、なんて思いながら、学校へと来て。
ロッカーの鍵を開けて、中を覗き見たら。
そこには、なくてはならないものは、なくて。
どうしたんだっけ?
って、思い出してたら。
彼に、「また忘れた」って、言われた。
悪いって、綴られたあとで。
それで、彼に貸したんだって、思い出したんだけど。
降らないかもしれないって考えて、困ったような表情は、浮かべなかった。
だからこそ、今は必死に、祈ってる。
「今配ったプリントに、目を通して、記入し。明後日までに提出するように。――以上」
氷室先生の声がそう響いて、わたしは黒板の前にいるその姿へと、視線を移した。
それと同時に、前から回されたのは、プリントで。
前の人に倣って、わたしは後ろへと、それを回す。
隣りへと視線を移せば。
彼の腕の下に、一枚、プリントを置いて。
前の人は、彼の後ろの人へと、手を伸ばしていた。
それをちょっと、助けてあげれば。
委員長の号令が掛かって。
席を立って、礼をして。
ざわめきはじめた教室から、もう一度だけ、窓の外を見れば。
そこの景色に加わっていたのは、降り注ぐ、銀の――糸。
「…降っちゃった……」
小さく小さく、息を吐く。
それに、彼が身じろぎをして。
「……どうした?」
まだ眠そうな声で、聞いてくれた。
「あ、珪くん」
「…どうしたんだ?」
身体を起こして、あくびを噛み殺して。
それから彼は、もう一度、わたしへと、問いを投げてくれる。
それにわたしは、どう言おうかと思ってたんだけど。
「…ああ。降ったのか、雨」
わたしの視線を追って、彼はそう、結論を出した。
それに、躊躇いながらも、こくんと頷く。
と。
「行くんだろ? バイト」
そう言って、彼は立ち上がった。
腕の下にあったプリントを、かばんの中に放り込んで。
それを見たあとで、わたしは視線を、下へと向ける。
そんなわたしを、彼は怪訝に思ったらしくて。
「優菜?」
一度、名前を呼んだ。
彼の顔を、ちらりと。
ほんの少しだけ、見てみたら。
彼は眉根を寄せるでもなく。
少しだけ、心配そうな顔をして、わたしを見ていて。
わたしはそれに、ぎゅっと、手を握る。
「あの…あのね?」
「?」
「かさ……、忘れちゃったの」
「………」
「だから…その」
置きがさ、誰か持ってるかもしれないから、借りてくるね?
って、言おうと思ってたのに。
「それが?」
っていう言葉で、遮られてしまった。
「え?」
「俺が持ってる」
「え? あの」
「入っていけばいいだろ? どうせ、隣りなんだから」
「………」
いいの?
決して、近くはないんだよ?
考えて、思って。
でも、口には出せなくて。
そうやって、おろおろとしていたら。
右手は彼に、取られてしまって。
「早く行こう。なくなる、時間」
それは、そうかもしれなくて。
でも、考えていれば、いるだけ。
わたしは彼に、引きずられるようにして、教室を出てしまっていた。
昇降口で、ようやく彼は、わたしのかばんを返してくれて。
それから、持っていたかさを、ポンッと開く。
一歩外へと出て。
彼はかさを差して。
かさは雨を受けて、濡れていって。
それを見ながら、まだどうしようと思っていたわたしに。
彼は無言で、手を差し伸べてくれた。
それを取ってしまったのは、もう、なかば…条件反射にも近くなっていて。
だから、彼に引っ張られてから、わたしは彼の手を取ってしまったのだと知る始末で。
昇降口から一歩、外へと出て。
わずかに上向けば。
そこには、彼の好きな色――白の無地のかさが、雨を遮ってくれていて。
「行こう」
彼にそう言われてしまえば。
もう、断ることは、できなくて。
彼の手をぎゅっと握る。
それから、彼と一緒に、雨の中。
彼が差してくれているかさに守られながら。
わたしは、少しでも早く、ALUCARDに…と思いながらも。
少しでも長く、彼の一番近い場所にいたい…と思ってしまっていた。
END
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