寂しいと思った。
不意に。
今日、この時に。



クリスマスという日に




吐き出す息が白い。
海の向こうの灯りが、いかにもあたたかそうで…笑みを浮かべる。
小さな家の、一つ一つの店の……灯り。
その下に、必ず誰かはいる。
「ふぅ…」
ため息もやはり白い。
かなり、寒いかもしれない。
思い、彼はジャケットのポケットに手を入れる。
海風は強く、そして冷たい。
ついさっきまで、パーティー会場にいた。
学園の理事長の屋敷に、直に招かれて。
招待状を手に、きっちりと正装して。
上にコートの一つでも羽織ってくるんだったか…?
わずかに考えて、顔を顰める。
今更、後悔しても……遅いのに。
帰ろうという気は起こらない。
なぜなら、彼の気はまだ、すんでいないから。
――あの灯りの下には誰がいるんだ?
考えて、一番に思い浮かべたのは、彼女の顔で。
笑顔で。
――笑っているのかもしれない。
ふっと思う。
――あたりまえ…かもな。今日は…クリスマスだ。
笑っていない方がおかしいか……。
大きく息を吐く。
星が瞬くその中で、くっきりと白は浮かび、風に流されていく。
寒さが急速に全身を蝕んでいく。
それに小さく身震いした。
『じゃあね、珪くん』
会場の中と外と。
何度も何度も会話を交わした彼女の最後の言葉を思い浮かべ、彼は大きく息を吐く。
送っていこうかとも思ったけれど。
明らかに正反対の方向に家があるのだから、断られるのは目に見えていて。
挙げかけた手を下ろし、不意に思い立って…ここに来た。
寂しかっただけなのかもしれない、と思う。
彼女に出会って、ひとりでも平気だと思っていた世界に色が差した。
一日が始まって、ベッドの上で起き上がる。
まだ眠気の残る状態で、どうにか朝食を食べて、制服を着込んで。
欠伸をしながら家を出る。
学校近くになって、彼女の姿を見つけて。
声をかけて……。
一緒に登校し、同じクラスだから、同じ授業内容を受けて。
昼休みに体育館裏へと猫の親子の様子を見に行けば、彼女に見つかって。
一緒に昼食を摂る。
午後になっても、授業を受けることは同じで。
教科書に目を落としながら、ともすると閉じそうになる瞼を必死で押し上げて。
教室の彼の隣りに座る彼女の姿をその瞳で捉えては、薄く笑みを浮かべて。
そうやって、授業中は耐え抜いて。
終わる数分前に意識を手放しては、休み時間に起こされた。
もちろん――彼女に。
『授業中に寝ちゃダメだって言ったじゃない』
そんな言葉と、笑みと共に。
それだって、休み時間が終わる、一分前で。
帰りの
HR中だって、最後まで起きていることは、まずありえなくて。
何時間眠ったかわからない頃、用事を終えた彼女がやってくるのと同時に目が覚める。
『珪くん、もう帰ろう?』
言われて、「ああ」と短く返事をして。
分かれ道のそばにある公園まで一緒に歩いて――別れる。
時々は彼女の家まで送らせてもらうけれど……。
何度も同じことを繰り返してきた。
何度も寂しいと思った。
去っていく後ろ姿と笑顔に。
何度もそう感じてきた。
思えば。
今日が特別なわけではない、のに。
なぜ今日でなければならなかったのか、という疑問に襲われた。
今日がクリスマスだから?
冬休みに入ってしまったから?
三学期が始まるまで、毎日彼女に会えないから?
すべてが当てはまってしまったように思えて、わずかに項垂れる。
周りに人がいないのだけが、幸いだったかもしれない。
暗い海に人工の光が反射している。
その様を見つめ、もう一度息を吐く。
と、べつの灯りが海を照らした。
眉根を寄せ、彼は顔を上げる。
そこに現れたものに目を見開いて――笑みを浮かべた。
「好きそうだな、あいつ」
ポツリと零した言葉に右手を添える。
電話しようと、携帯に手を伸ばすけれど。
結局やめた。
来年の今日、こうして急に見せて。
そして…その満面の笑顔でこの光景を見つめる姿を見たいと思う。
普段と変わらない姿と、今日という特別な日に見せる姿と…その両方を見せたいと。
そう思った時に、すべてを決めた。
多分今日灯ったそれは、来年も灯るだろうから。
一年間、黙っていようと、心に。
笑んだままで、海上に現れたツリーを見続ける。
来年稼動する予定の、臨海公園の大観覧車に浮かんだそれを。



ゆっくりと背を向けたのは、それからどれくらい経ったかわからない時間。
忘れることはないだろう、と思う。
自分には、一度見たら忘れない、という超能力のようなものがあるから。
あとは…言ってしまわないように、気をつけるだけ。
もう一度笑みを浮かべて、歩き出す。
いつか、この心の内を伝えられればとは思うけれど。
言葉にしたら、また…彼女は消えていってしまいそうな気もするけれど。
掌を拳へと変える。
離さなければいい、絶対に。
足を止めることなく歩を進め、帰路へと付く。
見上げた空には星が浮かんでいるのがくっきりと見えたけれど。
何よりも、背後のツリーが気になって。
「また…来年、見に来る」
あいつと一緒にな。
振り返って、そう声を届けて。
彼はその場所から去っていった。
海風に――背を押されるようにして。
海の上のツリーは、明け方までその姿を誇示していた。

END

 

 

クリスマスイベントを見て、即浮かんだんです。
一年間黙ってたって聞いて。
その時に。
どうしても見せたかったんだろうなーって思ったんですよ。
二つの表情のどちらも。

あのイベントの、ちょっと強引なところを見せる王子がダイスキなのです!

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