君の声を聞いただけ
それだけなのに……
君にまた 会いたくなった
VOICE
携帯が鳴る。
それに、迷わず通話ボタンを押して、彼は携帯を耳に当てた。
「……はい」
『あ、もしもし? 東雲優菜ですけど』
「ああ、わかってる」
『そっか。ごめんね』
くすくす笑う声が、向こうから聞こえて。
彼も口元に笑みを浮かべた。
「どうした?」
『あのね? 植物園に行きたいなーって思って、電話したの』
「植物園?」
『うん』
ソファに腰かけて、じっとフローリングの床を見つめていたのだけれど。
背もたれに身体を預けて、彼は瞼を閉じた。
耳に、彼女の声が聞こえて。
『雑誌見てたらね、熱帯のコーナーに新しいのが入ったって書いてあったから。何かね、花なんだって』
とても――近くにいるように思えてくる。
「見たいのか?」
『うん! でね……』
「今度の休み」
『え?』
急な提案に、彼女の驚いた声が響いた。
「だめか?」
畳みかけるように言えば、彼女は少し黙って。
耳を澄ませると、ぺらぺらとページを捲る音がわずかに聞こえる。
『でもね、それが公開されるの、再来週からになってる』
雑誌を捲っていたのだ、と彼女のその言葉で理解する。
「それじゃ、次の日曜、俺の家、来るか?」
声を聞けば、会いたくなる。
手を伸ばして、触れられる距離にいたい。
望んでしまえば、底は見えなくなる。
『行ってもいいの?』
「ああ。で、植物園は、その次の日曜」
『うん! 楽しみにしてるね?』
電話が切られないように気を使いながら、会話を繋げる。
瞼を閉じて、携帯からの声を聞く。
その間は…彼女がそばにいるような、そんな錯覚に――襲われるから。
『珪くん、今……何してた?』
会話が途切れたその時。
彼女が、そう、問いかけてきた。
「べつに何も……」
『本当に?』
「ああ、デザイン、考えてた」
『そっか。邪魔しちゃった?』
「べつにいい。あんまり、まとまらなかったし」
思い出せば、急に遠くなる。
それでも。
『早く、日曜日が来ればいいね』
小さく呟かれた、その言葉に、彼は瞼を挙げた。
「優菜?」
『あ、ご、ごめんね? 何でもないから』
慌てたようにそう言って。
彼女は必死に、話の糸口を探し続けている。
何度も何度も、吃りながら。
それに、彼は微笑する。
「優菜」
『な、何?』
「俺も…一緒だから」
『え?』
「日曜、迎えに行く」
『うん!』
待ってるね。
そう、嬉しそうな声が耳に届いて。
通話が切られる。
声も…もう、聞こえなくなって。
それでも。
「早く…か」
彼女の言葉を思い出して、立ち上がった。
同じ想いを抱いてくれているのが、こんなにも嬉しいから。
忘れないようにと。
忘れるわけはないけれど、急に仕事が入らないようにと。
祈るように、カレンダーに彼女との約束を書き込んだ。
いくら短いとは言っても、学校が休みであることには変わりはなくて。
彼女に毎日は会えない。
それでも、日曜には会えるから。
一緒に、笑うことができるから。
早く、日曜が来ればいい。
思いながら、部屋を出る。
今日という日を早く終わらせるために。
少しでも…早く終わらせるために。
無駄なあがきと知りながらも、彼は部屋の扉を閉めた。
END
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