今日のために、って。
いろんな人の力を借りた。
そんな人たちがいたこと、あなたにも知ってほしいから。
ありのままを、伝えてあげたい。



Flower




いつものように、仕事をこなして。
一時間だけともらった休憩に。
これもまた、いつものように、隣りの喫茶店へと足を踏み入れた。
夕食も兼ねた、その時間は。
やっぱり、いつものように、客は大勢いたけれど。
「いらっしゃい、珪くん」
そばまでやってきて、そう声をかけてくれた彼女に、彼はほっと息を吐いた。
「いつもと同じでいい?」
「ああ。頼む」
「じゃあ、すぐに持っていくね?
それから」
口に手を添えて。
わずかに背伸びして、彼の耳元に近づいて。
「奥が開いてるよ」
そう、囁くように教えてくれた彼女に、一つ、頷いて。
彼は足を踏み出す。
離れていった彼女に、仕方のないこととはわかっていても、淋しく感じてしまって。
それから目を逸らすみたいにして、彼は歩いていた。
彼女が指し示してくれた方向へ。
一番奥のそこは、観葉植物の陰になっているような場所で。
ゆっくりできそうでよかった、と、彼は息を吐いていた。
その背を軽く押されて、彼は振り返る。
「追いついちゃった」
片手で器用にトレイを持って。
彼女はにっこりと笑っていた。
落とすなよ。
言ってみたら、ぷうと頬を膨らませて。
なおも背を押されて。
彼はくすくすと笑いながら、席へと着いた。
「もう。珪くんのいじわる」
「…そうか?」
「あげないよ?」
「俺、客」
「………」
「だから、困るのはおまえだろ?」
「……そうだけど」
テーブルの上に、カップと皿が置かれて。
それから…頼んだ覚えのないものが置かれた。
眉根を寄せると、彼女は笑みを零して。
「誕生日、でしょう?
今日」
「…俺の?」
「うん。忘れてた?」
「…ああ」
柔らかな笑顔を浮かべて、彼女は目の前へと座る。
平気なのかと、カウンターの方を伺い見れば。
店の主と目が合った。
軽くウィンクして、マスターは注文をこなすために、視線を逸らす。
それに、公認なのだと知って、彼は彼女に、焦点を合わせた。
小さいけれど、一ホールあるそれに、蝋燭が立てられて。
これを二人で食べるにしても、大きいよな。
なんて思いつつ。
彼は小さく笑う。
炎が灯されて。
揺れるその光に、彼女は安心したような表情を浮かべていて。
「朝に、これ作っておいて。ここに来る、少し前に、尽に届けておいてもらったの」
「へぇー」
「だからね?
朝。珪くんに甘い匂いがするって言われた時に、ドキッとしたの。お母さんの言う通り、シャワー浴びてくればよかったなぁって」
「そうか」
「うん…。あ、プレゼント。あとで持っていくね?
スタジオに配達行った時にでも」
「…待っててくれるなら、一緒に帰る、その時の方が嬉しいけど、俺」
「じゃあ、待ってるね?」
「ああ」
スタジオに持っていったりしたら、何を言われるかわからないから。
すぐに控え室に入れたならいいけれど。
そこに行くまでの間に、見つかったりしたら、同じこと。
それなら、どうせ送るつもりでいるのだし、帰りにもらった方が、誰にも見せることなく、家に持って帰れるから。
「珪くんと一緒だから、危なくないよね?」
「だな」
「お母さんに、気をつけて帰ってきなさいねって言われてるから」
「ちゃんと守ってやる、俺」
「うん」
歌はなくて。
それでも、「願いを込めて、吹き消してね?」という言葉に従って、彼は一度目を閉じて。
それから、瞼を上げて、吹き消した。
一息でのそれに、彼女は小さく、手を叩く。
子供のようなその仕種に、微笑って。
彼はただ、彼女がそれを切ってくれている、その様子を見ていた。
「朝作って、尽がここに、届けてくれて。で、あらかじめ、店長にお願いしてたの。冷蔵庫、借りていいですか?
って」
「だからか」
「うん。理由言ったら、いいよって。嬉しかったんだ。今日のために手を貸してくれる人がいるのって、いいことだなーって」
「そうか?」
「そうだよ。珪くんの誕生日に、珪くんを祝ってあげたいから、手を貸してくださいってお願いして。それで、いいよって言ってくれたってことは。少しでも、珪くんの誕生日である、今日を祝いたいってことでしょう?」
「……そうだな」
応えれば、彼女は笑顔で頷いて。
それから、切り分けたケーキを、目の前に差し出してくれた。
「誕生日おめでとう。それから、また今日から、来年のこの日まで、珪くんが元気でいられますように」
祈るように加えられて。
彼はありがとう、という、その言葉しか返せなかった。
それでも、笑顔を見せてくれた彼女に、同じように笑って。
「日曜日に、尽が珪くんの家に押しかける、とか言ってたよ?」
「どうして?」
「プレゼント、渡したいんだって。何かね?
わたしも一緒に行かなきゃいけないんだって」
「へぇー……」
くすくすと笑いながら、その時間を過ごして。
今日という日の余韻が、いつまでも続けばいいな、なんて。
彼は話しながら、思っていた。

END

 

珪くん誕生日おめでとー!
というわけで、誕生日SSです!
間に合ってよかった!
実は一回、すべて書き直しちゃいました…。

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